感染症対策指針と業務継続計画(BCP)感染症編は何が違うのか
似た二つの文書が手元にある方へ
感染症の指針と業務継続計画(BCP)の両方作るように言われたので、両方作った。ところが読み返してみると、中身がよく似ている。手洗いと標準予防策のことも、保健所への連絡のことも、備蓄のことも、どちらにも書いてある。片方を直したらもう片方も直すのだろうか。それとも、一方に寄せてしまってよいのだろうか。
判断がつかないまま、似た文書が二つ手元に残っている。そういう状態のまま何年か過ぎている事業所は、けっして少なくありません。
この分かりにくさは、作った方の読み込みが足りないから生まれているのではないと思います。二つの文書は、そもそも別々の条文から出てきたものです。それなのに、多くの解説が「どちらも義務です」というところで話を終えてしまう。同じ感染症という言葉が両方の表紙に載っているぶん、かえって境目が見えなくなります。
私は看護師として感染対策に関わり、いまは主任介護支援専門員として居宅介護支援事業所を運営しながら、BCP書面診断をしています。二つの文書を並べて読む機会が多いので、同じ形の食い違いに何度も出会ってきました。ここでは、条文の構造から書き分けの軸、そしてご自身の二文書を突き合わせるときの手順まで、順にたどっていきます。

二つの文書は、別の条文から出てきている
訪問介護を例に取ります。感染症対策指針の根拠は、指定居宅サービス等の事業の人員、設備及び運営に関する基準(平成十一年厚生省令第三十七号)の第三十一条「衛生管理等」、その第三項です。事業所で感染症が発生し、またはまん延しないように講ずべき措置を求めた条文で、解釈通知である老企第二十五号は、その中身を三つに分けています。感染対策委員会の開催、指針の整備、研修および訓練の実施。指針はひとりで立っている文書ではなく、この三点セットの一つとして置かれているわけです。
業務継続計画のほうは、第三十条の二「業務継続計画の策定等」という別の条文です。条文そのものが計画の性格を定めていて、感染症や災害が発生した場合にあっても利用者が継続してサービスの提供を受けられるよう、サービスの提供を継続的に実施するため、および非常時の体制で早期の業務再開を図るための計画、とされています。感染を防ぐという言葉は、この定義に一度も出てきません。
居宅介護支援も同じ構造です。指定居宅介護支援等の事業の人員及び運営に関する基準(平成十一年厚生省令第三十八号)では、業務継続計画の策定等が第十九条の二、感染症の予防及びまん延の防止のための措置が第二十一条の二。条文の並びとしては離れた場所にあります。通所介護なら、感染症の措置が居宅基準第百四条第二項、業務継続計画が第百五条による第三十条の二の準用です。
少し遠回りに感じられたかもしれません。ただ、この二つは「同じテーマの文書を2種類作れ」と言われているのではない、というところが出発点になります。別の目的を持った二つの義務が、たまたま感染症という同じ材料を扱っている。そう捉え直すと、どちらに何を書くかで迷う場面がぐっと減るのではないでしょうか。
広げないための文書か、止めないための文書か
解釈通知は、それぞれに何を書くのかを具体的に挙げています。指針については、平常時の対策として、事業所内の衛生管理(環境の整備等)、ケアにかかる感染対策(手洗い、標準的な予防策)等。発生時の対応として、発生状況の把握、感染拡大の防止、医療機関や保健所、市町村における事業所関係課等の関係機関との連携、行政等への報告等。あわせて、発生時における事業所内の連絡体制と関係機関への連絡体制を整備し、明記しておくこと。
感染症に係る業務継続計画のほうは、平時からの備え(体制構築・整備、感染症防止に向けた取組の実施、備蓄品の確保等)、初動対応、感染拡大防止体制の確立(保健所との連携、濃厚接触者への対応、関係者との情報共有等)の三本立てになっています。
並べてみると、やはり重なって見えます。保健所との連携は両方に出てくる。備蓄も、片方では「感染症防止に向けた取組」に、片方では衛生管理の一部として顔を出す。ここで手が止まるのは、文書の側にそう読める理由があるからです。
軸を一つ置くとすれば、こうなります。指針は、感染を広げないための文書。業務継続計画は、職員が欠けてもサービスを止めないための文書。
業務継続計画の側にある「体制構築・整備」は、感染対策の体制ではなく、事業を回す体制のことです。誰が指揮を執り、誰が代わりに動き、どの業務を残してどの業務を止めるか。条文の定義がサービスの継続と早期再開を目的に据えている以上、この文書の中心は、人が減ったときに何が残るかという一点になります。
境目にある項目を、実際に振り分けてみる
防護具の備蓄で考えてみます。日常のケアで使う分をどう管理し、何を切ったら補充するか。これは衛生管理の話なので指針に置きます。一方、陽性者が出て消費量が数倍になったとき、手持ちで何日もつのか、足りなくなったらどこから調達するのか。こちらは事業を続けられるかどうかの話なので、業務継続計画のほうへ。
保健所への連絡も、同じように割れます。発生を把握して届け出るまでの手順は指針。人員が足りずにサービスを縮小したり休止したりするとき、保険者や利用者、居宅介護支援事業所へ何をどの順で伝えるかは業務継続計画です。
職員の出勤可否も割れます。症状のある職員に休んでもらう基準は指針に。休んでもらった結果、明日の訪問を誰が回るのか、登録ヘルパーにどう応援を頼むのか、それでも埋まらない分をどうするのかは業務継続計画に。同じ「職員が感染した」という一つの出来事でも、扱う面が違います。
利用者の優先順位づけは、指針の列挙には出てきません。誰の支援を最後まで残すかという判断は、感染対策ではなく事業継続の判断だからです。ここが指針にだけ書かれている場合、業務継続計画の側が少し薄くなっているかもしれません。
迷ったときは、その一文が、感染を止めるために書いてあるのか、事業を止めないために書いてあるのかを考えてみる。それで多くは振り分けられます。

二つが揃わないまま、陽性者の出た朝を迎えると
診断でお預かりした文書を並べて読んでいると、食い違いには決まった形があることに気づきました。どれも、忙しさのなかで自然に生まれるものばかりです。
いちばん多いのは責任者の不一致です。指針には感染対策担当者としてAさんの名前があり、業務継続計画には統括責任者としてBさんの名前がある。あるいは片方が役職名だけで、いま誰がその役なのかまでは読み取れない。二つの文書を別の時期に、別の担当者が仕上げていれば、こうなるほうが自然です。
開催頻度もよく食い違います。指針には委員会を年二回、業務継続計画には年一回と書いてある。数字を先に決めて、あとから実態と突き合わせる時間が取れなかったという場合がほとんどです。
連絡先は、片方だけが新しくなります。保健所の再編や担当課の名称変更があったとき、日常的に開くほうの文書は直す。開かないほうに古い番号が残る。これも、日々きちんと運用しているからこそ起きるずれです。
また、名称の不統一もあります。同じ会議体が、指針では感染対策委員会、業務継続計画では感染症対策会議、実施記録では衛生会議と呼ばれている。事業所のなかでは全員が同じ集まりだと分かっているのですが、書類だけを読む第三者にはそう見えません。
では、こうした状態で感染症の陽性者が出た朝、現場では何が起こるでしょうか。サービス提供責任者が指針を開くか業務継続計画を開くかで、目に入る指示が変わります。指針とBCPの二つが違うことを言っていると分かった時点で、多くの職員は文書を閉じて管理者に電話をかけます。判断が管理者ひとりに集まり、そのあいだ訪問は動かない。文書が二つあることが、かえって初動を遅らせてしまう。この状態を避けたいというのが、突き合わせをする理由になります。

国は一体的な作成を認めている。ただし条件がある
ここまで読んで、いっそ一つにまとめたいと思われた方もいるはずです。その方向で問題ありません。老企第二十五号は、感染症に係る業務継続計画ならびに感染症の予防及びまん延の防止のための指針について、それぞれに対応する項目を適切に設定している場合には、一体的に策定することとして差し支えない、と明文で述べています。
気をつけたいのは「それぞれに対応する項目を適切に設定している場合には」という条件のほうです。一体化は、ふたつを一つのファイルにまとめてよいという意味であって、片方の項目を落としてよいという意味ではありません。表紙が一枚になっても、指針が求める平常時の対策と発生時の対応、業務継続計画が求める平時からの備え・初動対応・感染拡大防止体制の確立が、それぞれ読み取れる形で残っている必要があります。統合したつもりで、実際には指針の内容だけになっている文書に出会うことがあり、これはひな形を継ぎ足していくと起こりやすい形です。
通所介護は、認められる範囲がもう少し広くなっています。感染症に係る業務継続計画、感染症の予防及びまん延の防止のための指針、災害に係る業務継続計画、そして非常災害に関する具体的計画。この四つまで一体的に策定してよいとされています。ただし非常災害に関する具体的計画は、消防法施行規則第三条に規定する消防計画(これに準ずる計画を含む)および風水害、地震等の災害に対処するための計画を指すものなので、避難経路や消防機関への通報体制まで含めて四つ分が揃っているかを見てから統合すると安心です。
研修と訓練も一体で実施できます。感染症の業務継続計画に係る研修については感染症の予防及びまん延の防止のための研修と、訓練についても同じく一体的に実施することも差し支えない、と解釈通知にあります。年に何度も職員を集めるのが難しい訪問系や居宅介護支援にとっては、現実的なやり方です。
では統合したほうがよいのかというと、すでに二つある事業所であれば、急ぐ必要はありません。統合は文書を作り直す作業なので、それなりの時間を取られます。文書はふたつのまま食い違いを消すだけでも、緊急時に迷わないという目的は果たせます。ゼロから作り直す予定がある、あるいは事業所を新しく立ち上げるというタイミングであれば、そのときに一体で作っておくと、あとの管理が楽になります。
突き合わせの手順と、記録の残し方
二つのまま揃えると決めたら、作業そのものは思ったほど大がかりにはなりません。紙を一枚用意して、縦に四つの列を引きます。確認する項目、指針にはどう書いてあるか、業務継続計画にはどう書いてあるか、どちらの記載に寄せるかです。
埋めていく項目は、六つに絞って構いません。責任者の氏名と役職、会議体の名称、開催頻度、研修と訓練の回数、保健所や保険者や協力医療機関の連絡先、そして本文が参照している様式の名称と番号。両方の文書からこの六項目を拾って横に並べると、食い違いは目で見て分かる形になります。
寄せ方には一つだけ気をつけたいところがあります。どちらかの文書に合わせるのではなく、実態に合わせること。指針が年二回、業務継続計画が年一回と書いてあって、実際には年一回なら、記載を年一回に揃える。二回できているなら二回に揃える。文書どうしの整合だけを取って実態から離れてしまうと、次は記録との食い違いという形で戻ってきます。
一体で実施した研修・訓練を、記録でどう分けておくか
研修と訓練を一体で実施した場合、記録が一枚だと、それが指針に基づく感染症対策の研修だったのか、業務継続計画に係る研修だったのかが後から読み取れません。運営指導でBCPの研修はいつ実施されましたかと尋ねられたとき、説明のしやすさが変わってきます。
手間をかけずに済ませる方法があります。記録の表題に両方の名称を併記して、内容欄を二段に分け、指針に基づいて扱った部分と業務継続計画に基づいて扱った部分をそれぞれ一行ずつ書いておく。たとえば前半で標準予防策と防護具の着脱を扱い、後半で職員が三割欠けた場合の訪問順序を検討した、という具合に。同じ九十分の研修でも、記録がこの形になっていれば、二つの義務の両方を説明できます。
委員会の記録も味方になります。感染対策委員会は、訪問系・通所系・居宅系ともおおむね六月に一回以上の開催が求められていて、テレビ電話装置等を活用して行うこともできます。この委員会の議題に業務継続計画の見直しを一つ載せておけば、議事録がそのまま計画の見直し記録を兼ねます。年二回の会議で、指針の委員会要件と業務継続計画の定期的な見直しの両方が形になる。忙しい事業所ほど、この重ね方が効いてきます。
直したことを、文書に書き戻すところまで
突き合わせて直した箇所は、両方の文書の改定履歴に同じ日付で残しておきます。指針だけを直して業務継続計画の履歴が「作成」の一行のままだと、今度は二つの版が揃っていないという別のずれが生まれてしまうためです。改定日、改定した箇所、その理由を一行ずつ。理由の欄は「感染症対策指針との突合により責任者名を統一」といった書き方で十分です。
この一行があると、次に読む人が、どちらの文書が新しいのかで迷わずに済みます。二つの文書を持ち続けるのであれば、履歴を同時に動かしていくことが、二つを一組として保ついちばん確かな方法になります。
根拠にした資料
・指定居宅サービス等の事業の人員、設備及び運営に関する基準(平成11年厚生省令第37号)第30条の2、第31条、第104条、第105条
https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=82999404
・指定居宅介護支援等の事業の人員及び運営に関する基準(平成11年厚生省令第38号)第19条の2、第21条の2https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=82999405
・指定居宅サービス等及び指定介護予防サービス等に関する基準について(平成11年9月17日老企第25号)第三の一の3の(22)(23)、第三の六の3の(6)(7)(8)
・介護現場における感染対策の手引き(第3版)令和5年9月 厚生労働省老健局https://www.mhlw.go.jp/content/12300000/001149870.pdf
介護BCP教育研究所では、BCP文書のなかにある矛盾と空白を洗い出すBCP書面診断を行っています。感染症対策指針と業務継続計画の両方をお預かりし、責任者・頻度・連絡先・様式番号の突合まで含めて確認します。詳しくは診断サービスのページをご覧ください。


