実例から学ぶBCP改善事例―他事業所の失敗・成功体験
ひな形などをを参考にしてBCP(業務継続計画)を作成したものの、「これで本当に災害時に機能するのだろうか」「どこをどう改善すれば実効性が高まるのか」と不安を感じていませんか。BCPは作成して終わりではなく、実際の災害事例から学び、継続的に改善していくことが重要です。本記事では、実際の災害で機能した計画と機能しなかった計画の違いを分析し、介護事業所が今日から取り組める改善のヒントをお伝えします。
災害時に実際に機能したBCPの特徴とは
東日本大震災や熊本地震、近年の豪雨災害など、多くの災害現場で検証された結果、機能したBCPにはいくつかの共通した特徴が見られました。
具体的な行動が明記されていた成功事例
ある宮城県の介護施設では、東日本大震災の際、72時間以内に全利用者の安全確保と基本的なケアの継続を実現することができました。この施設のBCPが機能した最大の理由は、「誰が」「何を」「いつまでに」行うかが明確にしてあったことです。例えば、「災害発生後30分以内に施設長または代理者が対策本部を設置する」「1時間以内に全職員が利用者の安否確認を完了し、チェックリストに記録する」といった具体的な時間軸と担当者が決められていました。
また、この施設では、停電時の対応として「非常用電源を使用する医療機器リスト」を事前に作成し、優先順位をつけていたことも功を奏し、限られた電源容量の中で、人工呼吸器や吸引器など生命に直結する機器を優先的に稼働させることができました。さらに、職員の参集基準も「震度5強以上の地震発生時は、連絡がなくても自主参集する」と明文化されており、通信が途絶えた状況でも多くの職員が駆けつけてきました。
日常業務との連携が取れていた事例
熊本地震で被災した福岡県のある通所介護事業所では、利用者の安否確認を24時間以内にほぼ完了させました。この成功の背景には、緊急連絡網が日常の連絡体制と同一だったことがあげられます。多くの事業所では、災害時用の特別な連絡網を作成していますが、この事業所は日頃から使用している連絡アプリと電話連絡の組み合わせをそのまま活用しました。
職員は普段から使い慣れたツールで連絡を取り合うため、混乱せずスムーズに安否確認を進めることができました。また、利用者情報も日常的に更新しているケア記録システムと連動させており、最新の健康状態や家族の連絡先を即座に参照できる体制が整っていました。このように、特別なシステムを災害時だけ使おうとするのではなく、日常業務の延長線上にBCPを位置づけることの重要性を示す好事例といえます。
地域との連携体制を構築していた施設
令和元年東日本台風(台風19号)で被災した長野県の特別養護老人ホームでは、浸水により1階部分が使用不能になりましたが、全利用者を無事に避難させることに成功しました。この施設では、BCPの中に地域の医療機関や他の介護施設との相互支援協定を盛り込んでおり、実際の災害時にこれが機能したといいます。
浸水が予想された段階で、協定を結んでいた近隣の介護老人保健施設に連絡を取り、受け入れ可能人数と必要な支援内容を確認しました。日頃から合同訓練を実施していたため、受け入れ側も支援手順を理解しており、スムーズな移送が実現できました。また、地域の医療機関とも連携しており、医療依存度の高い利用者については病院での一時的な受け入れも調整できました。災害時に孤立しないための地域ネットワークの構築が、BCPの実効性を大きく高めることを証明した事例です。

うまく機能しなかった計画に見られる共通の課題
一方で、多くの災害現場では、せっかく作成したBCPが十分に機能しなかったという事例も報告されています。これらの失敗事例から学ぶことは、成功事例から学ぶことと同じくらい重要です。
抽象的な表現にとどまっていた計画書
ある介護事業所では、「災害発生時は速やかに利用者の安全を確保する」「関係機関と連携を図る」といった記述がありましたが、実際の災害時にはほとんど機能しませんでした。「速やかに」とは具体的に何分以内なのか、「安全確保」とは具体的にどのような行動を指すのか、「関係機関」とはどこを指し、どのような方法で連絡するのか、といった具体性が欠けていたためです。
災害発生時、現場は極度の混乱状態に陥ります。普段なら当然理解できる表現でも、パニック状態では判断に迷い、行動が遅れてしまいます。「利用者の安全確保」という指示を見て、まず全員を広い場所に集めるべきか、それとも個室で待機させるべきか迷うと、貴重な初動の時間を失ってしまいます。このようなことにならないよう、BCPは平時に読んで理解できるだけでなく、非常時でも即座に行動に移せる具体性が求められます。
職員への周知と訓練が不足していた事例
西日本豪雨で被災したある通所介護事業所では、立派なBCPが作成されていましたが、ほとんどの職員がその内容を知りませんでした。法人のBCP担当者が作成し、管理者が承認しただけで、現場の職員には「BCP文書がある」という事実も伝わっていなかったのです。実際の災害時、職員たちは「BCPに何が書いてあったか全く分からない」「どこに保管されているかも知らない」という状態でした。
この事業所では、年に一度の避難訓練は実施していましたが、BCPの内容に基づいた訓練ではなかったとのことです。訓練は形式的な避難経路の確認にとどまり、通信途絶時の連絡方法や、代替施設への移送手順、非常用物資の使用方法などは一度も練習されていませんでした。結果として、災害時には各自が思いつきで行動することになり、重複した作業や漏れが発生し、効率的な対応ができませんでした。この事例は、計画の質以前に、それが現場に浸透していなければ機能しないという教訓を残してくれました。
想定が甘かった備蓄と設備
平成30年7月豪雨で被災した岡山県の介護施設では、3日分の食料と水を備蓄すると定めていましたが、実際には備蓄量が不足していました。計画では利用者と職員の合計人数で計算していましたが、災害時には家族の迎えが来られず、想定以上の職員が施設に留まる必要が生じたことが原因です。また、備蓄していた食料も適切ではなく、多くが何らかの調理を必要とするものであり、停電とガス停止により調理できない事態が起こってしまいました。
さらに、この施設では非常用電源として発電機を備えていましたが、実際に使用してみると燃料の消費が想定より早く、備蓄していた燃料では24時間しか稼働できないことが判明しました。「72時間の電源確保」を想定されていましたが、実際の消費量を考慮した計算ではなかったようです。また、発電機の定期的な動作確認も行っていなかったため、いざ使用しようとしたときにエンジンがかからないというトラブルも発生しました。BCPの策定時には、計画に記載されている数値が、実際の検証に基づいているかどうかが重要であることを示す事例です。
情報共有の仕組みが整っていなかった課題
大規模災害時には、刻々と変化する状況に応じて対応を変えていく必要があります。しかし、ある介護事業所では、災害対策本部と現場、本部と家族との間で情報共有がうまくいかず、混乱が生じました。
この事業所では大規模災害時には「対策本部を設置し、情報を集約する」としていましたが、具体的な情報共有の方法や頻度、使用するツールは定められていませんでした。結果として、現場の職員は本部に報告すべき情報の基準が分からず、些細なことまで報告して本部が混乱する一方で、重要な情報が報告されないという事態が発生しました。また、家族への情報提供も統一された方法がなく、ある職員が伝えた情報と別の職員が伝えた情報が食い違い、不信感を招いてしまったということももありました。

今日から始められるBCP改善のヒント集
これらの成功事例と失敗事例から、介護事業所が取り組むべきBCP改善のポイントが見えてきます。
計画の具体化から着手する
まず取り組むべきは、現在のBCPの記述を具体化することです。「速やかに」「適切に」「必要に応じて」といった曖昧な表現を、具体的な時間、数値、行動に置き換えていきます。例えば、「災害発生後15分以内に施設長が対策本部を設置する。施設長が不在の場合は副施設長、それも不可能な場合は介護主任が代行する」といった具合に、第三段階までの代理者を具体的に決めておきます。
また、チェックリスト形式を取り入れることも効果的です。「利用者安否確認チェックリスト」「非常用物資確認チェックリスト」「設備点検チェックリスト」など、災害時に確認すべき項目を一覧化しておくことで、漏れを防ぎ、複数の職員が同時に作業する際の重複も避けられます。チェックリストは、BCPの本文とは別に、すぐに取り出せる場所に保管しておくことが重要です。
小規模訓練を繰り返し実施する
大規模な訓練を年に一度行うよりも、小規模な訓練を頻繁に行う方が効果的です。例えば、月に一度のミーティング時に15分程度の「ミニ訓練」を実施することができます。「今、震度6強の地震が発生したと想定して、それぞれの持ち場で最初にすべきことを確認してください」といった簡単なシミュレーションから始めます。
また、「通信途絶時の連絡訓練」として、実際に携帯電話を使わずに職員間で情報を伝達する練習をしたり、「非常用物資の使用訓練」として、備蓄している食料を実際に調理してみたりすることも有効です。こうした小規模な訓練を繰り返すことで、BCPの内容が職員の体に染み込み、いざという時に自然に行動できるようになります。訓練後には必ず振り返りを行い、うまくいかなかった点をBCPに反映させていくことも忘れてはなりません。
地域連携の実質化に取り組む
BCPに「地域の医療機関や他施設と連携する」と記載されていても、実際の連絡先や具体的な協力内容が決まっていなければ、災害時に機能しません。まずは、近隣の介護施設や医療機関に連絡を取り、相互支援の可能性について話し合うことから始めましょう。
具体的には、災害時の受け入れ可能人数、必要な情報の共有方法、連絡担当者の氏名と複数の連絡手段などを事前に確認しておきます。可能であれば、相互支援協定書を交わし、年に一度は合同訓練を実施することで、実効性を高めることができます。また、地域の自治体や社会福祉協議会が主催する防災ネットワーク会議などに参加することも、貴重な情報交換と連携構築の機会となります。
定期的な見直しサイクルを確立する
BCPは一度作成したら終わりではなく、定期的に見直し、更新していく必要があります。最低でも年に一度は、BCP委員会や会議を開催し、「職員の異動による役割分担の変更、利用者の状態変化による対応方法の見直し、備蓄物資の在庫確認と賞味期限チェック、連絡先リストの更新、設備や機器の動作確認状況、訓練から得られた改善点の反映」などを確認しましょう。
また、他の事業所や地域で発生した災害事例の情報を収集し、自事業所のBCPに活かせる教訓がないかを検討することも重要です。厚生労働省や各都道府県が公表する災害対応の検証報告書、業界団体が発信する情報などを定期的にチェックし、最新の知見を取り入れていく体制が求められます。

実効性の高いBCPへ進化させるために
BCPを、実際に機能する計画へと進化させるためには、事例に基づく学びと継続的な改善が不可欠です。成功事例からは具体性、日常業務との連携、地域ネットワークの重要性を学び、失敗事例からは抽象的な計画の危険性、周知訓練の必要性、現実的な想定の重要性を理解することができます。
BCPの改善は決して一朝一夕に完成するものではありません。小さな改善を積み重ね、訓練と見直しを繰り返しながら、徐々に実効性を高めていくプロセスが重要です。その一歩を踏み出すことで、利用者の命と職員の安全を守る可能性は確実に高まっていきます。
本記事で紹介した改善のヒントは、あくまで第一歩に過ぎません。より深く、より実践的なBCP策定と運用の手法については、介護BCP教育研究所の「介護BCP実践アカデミー」で体系的に学ぶことができます。実際の災害対応経験を持つ専門家から、事例に基づいた実践的な知識と具体的な改善手法を学ぶことで、あなたの事業所のBCPは真に機能する計画へと生まれ変わるでしょう。災害はいつ起こるか分かりません。今日から、一つずつ改善に取り組んでいきませんか。


