地域連携BCPの構築―他事業所・行政・医療機関との協力体制
厚生労働省のひな形を使ってBCP(業務継続計画)を作成された皆さん、計画書は完成したものの「このままで本当に機能するのだろうか」という不安を感じていませんか。特に大規模災害時には、単独の事業所だけで利用者の安全を守り続けることは極めて困難です。
2011年の東日本大震災では、多くの介護施設が職員不足に直面しました。建物は無事でも、職員が被災して出勤できない、あるいは道路が寸断されて施設にたどり着けないという事態が各地で発生したのです。こうした経験から、平時から地域の関係機関と協力体制を構築しておくことの重要性が明確になりました。
厚生労働省の「介護施設・事業所における業務継続計画(BCP)作成支援に関する研修」でも、地域連携の重要性が強調されています。しかし、ひな形には「関係機関と連携する」と記載されていても、具体的にどのように協定を結び、どう協議会に参加し、どんなツールで情報共有すれば良いのかまでは示されていません。
本記事では、BCPの次のステップとして不可欠な地域連携について、実践的な視点から解説します。
応援職員派遣の協定書作成:互助の仕組みを形にする
協定書が必要な理由
災害時に「困ったら助け合おう」という口約束だけでは、実際の緊急時には機能しません。誰が、いつ、どのような条件で応援に入るのか、費用負担はどうするのか、事故が起きた場合の責任はどこにあるのか。こうした点を明確にしておかなければ、善意だけでは組織として動けないのが現実です。
特に介護サービスの場合、応援職員が利用者に直接ケアを提供することになります。個人情報の取り扱い、医療的ケアの範囲、感染症対策など、通常業務以上に慎重な取り決めが必要になります。
協定書に盛り込むべき基本項目
応援職員派遣協定を作成する際は、以下の要素を具体的に定めることが重要です。
協定の発動条件については、どのような状況で応援要請ができるのかを明確にします。例えば「震度6弱以上の地震が発生し、職員の3割以上が出勤困難な場合」「水害により施設が孤立状態となった場合」など、客観的に判断できる基準を設定します。曖昧な表現では、要請するタイミングを逃したり、逆に些細なことで発動して関係がぎくしゃくしたりする恐れがあります。
応援職員の派遣人数と期間も重要な要素です。「最大5名まで」「原則3日間、状況により最長1週間」といった具体的な数字を示します。ただし、災害の規模によっては柔軟な対応も必要なので「双方協議の上、延長可能」といった柔軟性条項も加えておくと良いでしょう。
業務内容の範囲については、応援職員が担当できる業務を明記します。基本的な介護業務は可能としても、医療的ケアや服薬管理など、専門性や法的責任が伴う業務については慎重に検討する必要があります。応援先の施設の指示系統に従うことも明記しておきましょう。
費用負担は最もトラブルになりやすい項目です。一般的には、派遣元が給与を負担し、受入側が交通費や宿泊費、食費を負担する形が多いですが、地域の実情に応じて柔軟に設定できます。重要なのは、後から「聞いていない」とならないよう、明文化しておくことです。
損害賠償と保険についても定めておきます。応援職員が業務中に怪我をした場合、あるいは応援職員のミスで利用者に損害が生じた場合の責任の所在を明確にします。多くの場合、労災保険は派遣元、業務上の損害賠償責任は受入側の保険でカバーするという形になりますが、保険会社との確認も必要です。
協定締結先の選び方
協定を結ぶ相手選びは、地理的条件を最も重視すべきです。同じ市区町村内で近接している場合、同じ災害で同時被災するリスクが高くなります。理想的には、車で30分から1時間程度離れた、異なる河川流域や地盤条件の地域にある事業所と協定を結ぶことです。
サービス種別が同じ事業所同士の方が、業務内容や利用者特性の理解がスムーズです。しかし、異なるサービス種別でも、基本的な介護技術があれば対応可能な業務は多くあります。むしろ、複数の事業所とネットワークを組むことで、より強固な協力体制を構築できます。
法人の規模や経営理念が近い事業所の方が、協定が長続きしやすい傾向があります。まずは法人の代表者同士が顔を合わせ、災害時の相互支援という理念を共有することから始めましょう。
協定締結後の維持・更新
協定書を作成して終わりではありません。年に1回は合同訓練を実施し、実際にどのような手順で応援要請し、どう受け入れるかをシミュレーションします。この訓練を通じて、協定書の不備や実務上の課題が見えてきます。
また、担当者が異動した際には、必ず引き継ぎを行い、協定の存在と内容を確実に伝えます。3年に1度程度は協定内容を見直し、報酬体系の変更や法令改正に対応した更新を行うことも重要です。

地域BCP協議会への参加方法:情報と知恵を共有する場
地域BCP協議会とは何か
地域BCP協議会は、自治体が中心となって、介護事業所、医療機関、行政、ライフライン事業者などが参加し、地域全体の災害対応力を高めるための組織です。内閣府の「事業継続ガイドライン」でも、地域における事業者間の連携が推奨されており、多くの自治体で設立が進んでいます。
この協議会の価値は、単なる情報交換の場にとどまりません。平時から顔の見える関係を構築することで、災害時に「あの施設に連絡すれば何とかなる」「この担当者に相談しよう」という具体的な行動につながります。
協議会への参加の第一歩
まず、お住まいの自治体に地域BCP協議会が設置されているか確認しましょう。多くの場合、市区町村の高齢福祉課や防災危機管理課が事務局を務めています。ウェブサイトに情報がない場合は、直接電話で問い合わせることをお勧めします。
協議会が既に存在する場合は、参加申し込みの手続きを確認します。定期的な会議やワーキンググループがある場合が多いので、自施設から誰が参加するか、どの程度の頻度で参加できるかを検討します。BCP担当者だけでなく、施設長や事務長など決裁権限を持つ管理者の参加も重要です。
もし協議会がまだ設置されていない地域であれば、自治体に設立を働きかけることも一つの方法です。その際、同じ地域の複数の介護事業所と共同で要望を出すと、より効果的です。
協議会での効果的な活動
協議会に参加する際は、単に情報を受け取るだけでなく、積極的に発信する姿勢が大切です。自施設のBCPの取り組みや課題を率直に共有することで、他の参加者からの有益なアドバイスや、思わぬ連携の機会が生まれます。
特に重要なのは、ワーキンググループやプロジェクトチームへの参加です。例えば「要配慮者の避難支援」「医療的ケアが必要な利用者の搬送」「災害時の物資調達」など、テーマ別に分かれた活動に参加することで、より実践的な知見を得られます。
また、協議会が主催する図上訓練や実動訓練には、できる限り参加しましょう。訓練を通じて、自施設のBCPの弱点が明らかになるだけでなく、他の機関との連携手順を確認できます。訓練後の振り返りでは、改善点を自施設のBCPに反映させることが重要です。
協議会を通じた関係機関との連携強化
協議会の最大のメリットは、普段接点の少ない機関とのネットワーク構築です。特に医療機関との連携は、介護施設のBCPにおいて極めて重要です。災害時に利用者の容態が急変した際、どの医療機関が受け入れ可能か、どのような手順で搬送するかを事前に確認しておくことで、緊急時の対応がスムーズになります。
行政との関係強化も重要です。災害時の物資支援、ボランティアの派遣調整、避難所との連携など、行政との情報共有がなければ対応できない課題は多岐にわたります。協議会を通じて行政の担当者と顔の見える関係を築いておくことで、いざという時に円滑なコミュニケーションが可能になります。
ライフライン事業者(電力、ガス、水道、通信)との連携も見逃せません。復旧の優先順位や見通しについて、事業者から直接情報を得られる関係があれば、利用者や家族への説明も具体的に行えます。

情報共有プラットフォームの活用:リアルタイムでつながる仕組み
なぜデジタルツールが必要か
災害時には、電話回線が輻輳して通じなくなることがよくあります。東日本大震災や熊本地震でも、固定電話や携帯電話がほとんど使えない状況が数日間続きました。こうした状況下でも情報共有を継続するために、インターネットベースの情報共有プラットフォームが有効です。
また、紙ベースの連絡網では、情報の伝達に時間がかかり、伝達ミスも発生しやすくなります。複数の関係機関に同時に情報を発信し、状況の変化をリアルタイムで共有するには、デジタルツールが不可欠です。
主な情報共有プラットフォームの種類
現在、災害時の情報共有に活用されているプラットフォームには、いくつかのタイプがあります。
自治体主導の災害情報システムは、市区町村が運用するシステムで、避難所の開設状況、物資の配布情報、ライフラインの復旧状況などが集約されます。介護事業所の被災状況や支援ニーズを登録できる機能を持つシステムも増えています。まず、自治体がどのようなシステムを運用しているか確認し、アカウント登録や操作方法を平時から習得しておくことが重要です。
業界団体の情報共有システムとして、都道府県の介護事業者協会や老人福祉施設協議会などが独自のシステムを運用している場合があります。これらは介護特有のニーズに対応した機能を持っており、例えば「酸素供給装置が必要な利用者の受け入れ可否」「介護職員の派遣可能人数」など、詳細な情報を共有できます。
汎用的なビジネスチャットツールも、適切に設定すれば災害時の情報共有に活用できます。LINEのグループ機能、Microsoft Teams、Slackなどは、多くの人が日常的に使い慣れており、導入のハードルが低いという利点があります。ただし、セキュリティ設定や利用者の限定には注意が必要です。
プラットフォーム活用の実践ポイント
どのツールを使うにしても、平時からの習熟が不可欠です。災害が起きてから初めてログインしようとしても、パスワードが分からない、操作方法が分からないといった事態に陥りがちです。定期的に訓練として情報発信と受信を行い、スタッフ全員が基本操作を習得しておきましょう。
情報発信のルールも事前に定めておくことが重要です。誰が、どのタイミングで、どのような情報を発信するかを明確にします。例えば「施設長が被災状況を第一報として発信」「6時間ごとに状況更新」「支援要請は赤色で表示」といった具体的なルールがあれば、混乱を防げます。
また、複数のツールを組み合わせることも検討しましょう。メインのシステムが使えなくなった場合のバックアップとして、別のツールを用意しておくことで、情報共有の途絶を防げます。
個人情報保護との両立
災害時であっても、利用者の個人情報保護は重要です。情報共有プラットフォームで利用者の情報を発信する際は、必要最小限の情報に限定し、個人が特定されないよう配慮します。
「要介護5の男性利用者、人工呼吸器使用、搬送先を探しています」という情報は必要ですが、氏名や詳細な住所まで公開する必要はありません。プラットフォームのアクセス権限を適切に設定し、関係者以外が閲覧できないようにすることも重要です。
平時から、どのレベルの情報をどの範囲で共有するかについて、法人の方針を明確にし、職員に周知しておくことが求められます。
地域連携BCPの構築に向けた具体的ステップ
ここまで解説してきた地域連携の取り組みを、実際にどのような順序で進めていけば良いのか、具体的なステップを示します。
1:現状分析と目標設定(1〜2か月)
まず、自施設の現在の地域連携の状況を客観的に評価します。既に協定を結んでいる事業所はあるか、地域の協議会に参加しているか、情報共有ツールを導入しているか、といった点をチェックリストにして確認しましょう。
その上で、6か月後、1年後にどのような連携体制を構築したいかという目標を設定します。「3つの事業所と応援協定を締結」「地域BCP協議会に参加し、年4回の定例会に出席」「情報共有プラットフォームを1つ導入し、全職員が操作できる」といった具体的な目標が望ましいです。
2:関係者への説明と合意形成(1〜2か月)
地域連携の取り組みを進めるには、施設長や理事会の理解と支援が不可欠です。なぜ地域連携が必要なのか、どのような効果が期待できるのか、どの程度の時間と費用がかかるのかを明確に説明し、承認を得ます。
職員に対しても、丁寧な説明が必要です。「新しい仕事が増える」という負担感だけでなく、「いざという時に助け合える安心感」というメリットを伝えることで、前向きな協力を得られやすくなります。
3:パートナー探しと関係構築(2〜3か月)
協定を結ぶ相手や、協議会への参加について、具体的なアクションを起こします。まずは自治体や地域の介護事業者団体に相談し、候補となる事業所や協議会の情報を収集します。
候補先が見つかったら、まずは施設見学や意見交換の機会を設けましょう。いきなり協定書の文案を持っていくのではなく、互いの施設の特徴や課題、災害対応の考え方について理解を深めることから始めます。
4:具体的な仕組みづくり(2〜3か月)
関係構築ができたら、協定書の作成、協議会への正式参加、プラットフォームの導入といった具体的な作業に入ります。協定書は双方の法務担当や顧問弁護士にも確認してもらい、法的に問題がないかチェックします。
情報共有プラットフォームについては、複数のツールを比較検討し、費用対効果、使いやすさ、セキュリティなどの観点から最適なものを選択します。導入後は、操作マニュアルの作成や研修の実施も必要です。
5:訓練と改善(継続的に実施)
仕組みができたら、必ず訓練を実施します。応援職員派遣訓練、情報共有訓練、合同避難訓練など、様々な場面を想定したシミュレーションを行います。
訓練の結果を検証し、協定内容や運用手順の改善点を洗い出します。このサイクルを継続することで、形式的な協定ではなく、実際に機能する地域連携体制へと進化していきます。
地域連携BCP構築の課題と解決策
地域連携を進める中で、多くの施設が直面する課題とその解決策についても触れておきます。
時間と人手の不足は最も多く聞かれる悩みです。日常業務で精一杯なのに、協定書作成や協議会参加の時間をどう捻出するか。この課題に対しては、まず管理者が地域連携の優先順位を明確に位置づけることが重要です。BCP担当者だけに任せるのではなく、組織として時間を確保する体制を作ります。また、他の業務の効率化や、外部専門家の活用も検討すべきでしょう。
協定先が見つからないという課題もあります。特に小規模事業所や、地理的に孤立した地域では、協定を結べる相手が限られます。この場合、サービス種別にこだわらず幅広く候補を探すこと、複数の小規模事業所で協力して一つの大規模施設と協定を結ぶこと、行政に仲介を依頼することなどが考えられます。
協定や協議会が形骸化するリスクもあります。作っただけで満足してしまい、数年後には担当者も変わって存在すら忘れられているケースも少なくありません。これを防ぐには、年間スケジュールに訓練や見直しの予定を組み込み、確実に実施する仕組みを作ることが有効です。
おわりに:地域全体で守る介護の持続性
厚生労働省のひな形でBCPを作成したことは、重要な第一歩です。しかし、本当の意味でBCPを機能させるには、自施設だけでなく、地域全体で支え合う体制が不可欠です。
応援職員派遣協定、地域BCP協議会への参加、情報共有プラットフォームの活用という三つの柱は、いずれも「つながり」を形にする取り組みです。この「つながり」こそが、災害という困難な状況の中で、利用者の命と尊厳を守る力になります。
本記事で紹介した内容は、あくまで基本的な考え方と方向性です。実際の協定書作成の詳細な文言、協議会での効果的な発言方法、プラットフォームの具体的な設定手順など、実務レベルで必要な知識とスキルはさらに多岐にわたります。
介護BCP教育研究所の「介護BCP実践アカデミー」では、地域連携BCPの構築について、より実践的で体系的な学びを提供しています。実際の協定書のサンプル、自治体との交渉のポイント、訓練プログラムの設計方法など、すぐに現場で活用できる知識を習得できます。また、他の受講生との情報交換を通じて、新たな連携先を見つけるきっかけにもなるでしょう。
地域連携BCPの構築は、一朝一夕には完成しません。しかし、一歩ずつ着実に進めることで、必ず成果は表れます。今日から、できることから始めてみませんか。


