災害時BCP実践マニュアル―避難判断から復旧まで

「厚労省のひな形でBCPを作成したものの、これで本当に大丈夫なのだろうか」「実際の災害時に、このBCPをどう使えばいいのかわからない」―そんな不安を抱えているBCP担当者の方は少なくありません。

業務継続計画(BCP)は、作成することがゴールではありません。実際の災害時に「いつ」「誰が」「何を」するのかが明確になっており、職員全員が迷わず動けることが真の目的です。今回は、厚労省のひな形を作成した後の「次のステップ」として、災害時に実際に機能するBCPへとブラッシュアップするための具体的な手法をお伝えします。

なぜ「ひな形を埋めただけ」では不十分なのか

厚労省が提供するBCPひな形は、介護施設・事業所が計画を策定するための優れた枠組みです。しかし、ひな形はあくまで「標準的な項目」を示したものであり、皆さんの施設固有の状況――立地条件、建物構造、利用者の特性、職員体制――を反映した「実践的な行動計画」にまで落とし込まれているとは限りません。

特に災害時には、刻一刻と状況が変化します。「マニュアルを読んで判断する」時間的余裕がないケースも多いのです。そのため、事前に「どの段階で何をするか」を時系列で整理し、個々の利用者にどう対応するかを明確にしておくことが、命を守る判断につながります。

タイムライン作成の具体例――時間軸で整理する防災行動

タイムラインとは、災害の発生が予測される段階から、実際に被災し、その後復旧するまでの一連の流れを時系列で整理した行動計画です。特に台風や大雨など「予測可能な災害」においては、このタイムラインが極めて有効です。

タイムラインが必要な理由

災害対応で最も難しいのは「判断のタイミング」です。避難指示が出てから慌てて準備を始めても、すでに道路が冠水していたり、職員の参集が困難になっていたりする可能性があります。タイムラインを作成することで、「気象情報のどの段階で」「施設としてどう動くか」があらかじめ決まっているため、迷いなく行動できるのです。

実践的なタイムラインの作り方

タイムラインは、災害発生の「72時間前」から「復旧期」までを時間軸で区切って作成します。以下は、水害を想定したタイムラインの具体例です。

【災害発生72時間前:警戒段階】

この段階では、気象庁から「台風情報」や「大雨に関する気象情報」が発表されます。施設で行うべきことは、情報収集体制の確立です。具体的には、BCP対策本部の責任者(通常は施設長)が気象情報の確認を開始し、関係職員へ連絡体制を整えます。同時に、施設周辺のハザードマップを再確認し、想定される浸水深や土砂災害の危険性を把握します。この時点で、非常用物資の在庫チェックも行います。水や食料、医薬品、衛生用品などが3日分以上確保されているかを確認しましょう。

【災害発生48時間前:準備段階】

大雨警報や洪水警報が発表される段階です。ここからは、より具体的な災害対応準備に入ります。まず、全職員に対して参集可能時間の確認連絡を行います。誰がいつまでに出勤できるか、または帰宅困難になる可能性があるかを把握することで、必要な人員配置を調整できます。施設内では、停電に備えて懐中電灯や非常用発電機の動作確認を行います。また、屋外にある飛散しやすい物品を固定または屋内に収納し、窓ガラスに飛散防止フィルムや養生テープを貼ります。利用者に対しては、翌日以降の予定変更の可能性を家族に連絡し、場合によっては避難の可能性があることも伝えておきます。

【災害発生24時間前:避難判断段階】

避難準備情報や高齢者等避難が発令される段階です。この段階が最も重要な判断のタイミングとなります。施設が浸水想定区域や土砂災害警戒区域に位置している場合、垂直避難(上層階への避難)で安全が確保できるかを判断します。建物が平屋建てで垂直避難ができない場合や、想定浸水深が建物の高さを超える場合は、水平避難(施設外への避難)の準備を開始します。この時点で、避難先となる福祉避難所や協定を結んでいる施設に受け入れ可能かを確認し、移動手段(送迎車両や福祉タクシー)の手配を行います。施設内に残留する場合は、上層階への利用者の移動を開始し、1階部分の重要物品を高所に移動させます。

【災害発生直前:避難実行・籠城段階】

避難指示が発令される段階では、もはや屋外への避難は危険です。この時点までに避難判断ができていなかった場合は、施設内での安全確保(籠城)に切り替えます。すでに避難を決定している場合は、最終の避難誘導を完了させます。籠城の場合は、浸水に備えて電気設備や衛生設備の保護、利用者の上層階への避難完了、外部との連絡手段の確保(衛星携帯電話や無線機の準備)を行います。

【災害発生後:応急対応段階】

災害が通過した後は、まず利用者と職員の安否確認を最優先で行います。負傷者がいる場合は応急手当と医療機関への搬送を手配します。次に、建物の安全性を確認します。構造的な損傷、浸水の状況、電気・ガス・水道などのライフラインの被害状況をチェックします。この段階で、施設での生活継続が困難と判断される場合は、行政や協定施設と連携して利用者の一時避難を実施します。

【災害発生後24~72時間:継続対応段階】

ライフラインの復旧状況に応じて、段階的に通常業務への移行を図ります。水道が使えない場合の衛生管理、食事提供の代替手段、医療ケアの継続方法などを確認しながら対応します。また、被災していない職員の順次交代や、精神的ケアも重要です。利用者家族への状況報告も定期的に行い、不安を軽減します。

【復旧期:1週間以降】

施設の修繕計画を立案し、通常運営への完全復帰を目指します。同時に、今回の災害対応を検証し、BCPの見直しポイントを記録します。職員へのストレスケアも継続的に実施します。

このように、タイムラインは「いつ」「何をするか」が明確になることで、災害時の判断を迅速かつ的確に行えるようになります。重要なのは、皆さんの施設が立地する地域の災害リスクに合わせて、このタイムラインをカスタマイズすることです。

利用者ごとの避難支援計画――個別性を重視した対応

災害時に介護施設が直面する最大の課題は、利用者一人ひとりの心身の状態が異なるという点です。認知症の方、寝たきりの方、医療機器を使用している方など、避難方法や必要な支援内容は全く異なります。そのため、「利用者全員を同じ方法で避難させる」という画一的な計画では、実際の災害時に対応できません。

個別避難支援計画の作成ポイント

個別避難支援計画とは、利用者一人ひとりについて、災害時の避難方法、必要な支援内容、配慮事項などを具体的に記載した計画です。これを作成する際は、次の5つの要素を明確にします。

まず第一に、避難優先度の設定です。全利用者を同時に避難させることは、人員的にも時間的にも困難です。そのため、心身の状態に応じて避難の優先順位を決めておきます。最優先となるのは、医療的ケアが必要な方や重度の身体障害がある方です。次に認知症で見守りが必要な方、その次に比較的自立度が高い方という順になります。ただし、認知症の方の中には環境変化によるパニックのリスクがあるため、早めの対応が必要なケースもあります。利用者の特性を見極めた優先順位設定が重要です。

第二に、移動方法の明確化です。車椅子を使用するのか、ストレッチャーが必要か、歩行介助で対応可能か、それとも抱きかかえての移動が必要かを記載します。同時に、移動に必要な職員数も明記します。例えば、「Aさん:車椅子移動、職員1名で対応可能」「Bさん:ストレッチャー移動、職員2名必要、階段移動の場合は4名必要」といった具体的な記載が求められます。

第三に、持ち出し物品のリスト化です。利用者によって必要な物品は大きく異なります。医療機器(酸素濃縮器、吸引器など)、常用薬、お薬手帳、着替え、おむつ、経管栄養の栄養剤など、その方にとって必要不可欠なものを事前にリストアップし、すぐに持ち出せる場所に保管しておきます。特に医療機器を使用している方の場合は、バッテリーの持続時間や予備の確保も重要です。

第四に、配慮事項の記載です。認知症の方であれば、パニックを起こしやすい状況や、落ち着かせるための声かけの方法を記載します。聴覚障害のある方には視覚的な情報提供が必要ですし、視覚障害のある方には常に声をかけながら誘導する必要があります。また、感覚過敏がある方、特定の食べ物にアレルギーがある方など、個々の特性に応じた配慮事項を明確にしておきます。

第五に、家族との連絡体制です。災害時にどのタイミングで、どの連絡手段を使って家族に連絡するかを決めておきます。携帯電話が通じない場合の代替手段(メール、SNS、災害用伝言ダイヤルなど)も複数用意しておくことが望ましいでしょう。

個別計画を実効性あるものにするために

作成した個別避難支援計画は、職員全員が把握できる形で保管することが重要です。災害は職員が少ない夜間や休日に発生することもあります。そのため、誰がシフトに入っていても、計画を見ればすぐに対応できる状態にしておく必要があります。具体的には、各利用者のファイルに個別計画を綴じ込むとともに、一覧表形式で事務室に掲示するなどの方法が考えられます。また、定期的な避難訓練でこの個別計画を実際に使用し、現実的に実行可能かを検証することも欠かせません。

福祉避難所との連携手順――地域との協力体制構築

介護施設が被災した場合、施設内での生活継続が困難になることがあります。そのような事態に備えて、福祉避難所との連携体制を事前に構築しておくことが重要です。

福祉避難所とは何か

福祉避難所とは、一般の避難所では生活が困難な高齢者や障害者などの要配慮者を受け入れるための避難所です。通常、バリアフリー化されている施設や、介護支援体制が整っている施設が指定されます。多くの場合、介護施設や福祉センター、特別支援学校などが指定されています。

連携のための事前準備

福祉避難所との連携で最も重要なのは、「災害が起きる前」の準備です。災害発生後に初めて連絡を取り合うのでは遅すぎます。

まず、自治体の防災担当部署に連絡し、地域の福祉避難所がどこに指定されているかを確認します。その上で、受け入れ可能人数、受け入れ条件、連絡先などの情報を入手します。可能であれば、福祉避難所として指定されている施設と直接協定を結んでおくことが望ましいでしょう。協定には、受け入れ人数、受け入れ期間、費用負担、職員の同行の可否などを明記します。

また、協定を結んだ施設とは定期的に情報交換を行い、担当者の顔が見える関係を築いておくことが大切です。年に一度は合同で避難訓練を実施するなど、実践的な連携体制を確認しておくと、いざという時に円滑に受け入れが進みます。

避難時の具体的な手順

実際に福祉避難所へ避難する際の手順も、BCPに明記しておく必要があります。まず、避難が必要と判断した時点で、福祉避難所の担当者に連絡し、受け入れ可能かを確認します。次に、避難する利用者の人数、状態、必要な支援内容を伝えます。この際、前述の個別避難支援計画が役立ちます。

移動手段については、施設の送迎車両を使用するのか、自治体の福祉車両を要請するのか、あるいは福祉タクシーを手配するのかを決定します。道路状況によっては、予定していた移動手段が使えない場合もあるため、複数の選択肢を用意しておくことが重要です。

避難時には、利用者の状態を記録した書類(健康状態、服薬情報、ケアプランなど)、医薬品、医療機器、着替えなどを持参します。福祉避難所でも継続的なケアが提供できるよう、必要な情報をしっかりと引き継ぐことが求められます。

地域全体での支え合い

さらに広い視点で考えると、介護施設同士の相互支援体制の構築も重要です。自施設が被災した場合に受け入れてもらえる施設、逆に自施設で受け入れられる余力がある場合に支援できる施設など、複数の施設間でネットワークを作っておくと、災害時の選択肢が広がります。地域の介護施設連絡会や事業者団体などを通じて、こうした協力体制を築いていくことが、地域全体の防災力向上につながります。

BCPを「使える計画」にするために

ここまで、タイムライン作成、個別避難支援計画、福祉避難所との連携という3つの実践的な手法をお伝えしてきました。これらはいずれも、厚労省のひな形を「自施設で本当に使える計画」へと進化させるための具体的なステップです。

BCPは一度作って終わりではありません。定期的な訓練を通じて実効性を検証し、課題が見つかれば改善していく継続的なプロセスが必要です。また、施設の職員体制や利用者の状況は常に変化していきますから、少なくとも年に一度はBCPの見直しを行うことをお勧めします。

「こんなに細かく作り込む時間がない」と感じる方もいらっしゃるかもしれません。しかし、災害はいつ発生するかわかりません。今日、準備していなかったことが、明日の後悔につながる可能性があります。利用者の命を預かる施設として、できることから一つずつ、確実に進めていくことが大切です。

まとめ

災害時に機能するBCPには、「いつ」「誰が」「何を」するかが明確に示されていること、そして利用者一人ひとりの特性に応じた対応ができることが不可欠です。タイムラインで時系列の行動を整理し、個別避難支援計画で一人ひとりに必要な支援を明確にし、福祉避難所との連携で万が一の受け入れ先を確保する。これらの取り組みを通じて、厚労省のひな形が「本当に使えるBCP」へと進化していきます。

私たち介護BCP教育研究所では、こうした実践的なBCPの策定・運用をサポートする無料セミナーを定期的に開催しています。

タイムラインの作り方、個別避難支援計画のテンプレート提供、他施設の成功事例の共有など、すぐに現場で活用できる情報をお伝えしています。「BCPを作ったけれど、これで本当に大丈夫か不安」「もっと実践的な内容にしたい」とお考えのBCP担当者の方は、ぜひ一度ご参加ください。皆さんの施設と利用者を守るBCPづくりを、私たちが全力でサポートいたします。

災害から利用者と職員を守るために、今できることから始めていきましょう。