BCP の定期見直しポイント―形骸化させない運用のコツ
業務継続計画(BCP)を作成したものの、「これで本当に大丈夫なのか」「次に何をすればいいのか」と不安を感じている介護施設・事業所の担当者は少なくありません。実際、BCPは作成して終わりではなく、定期的な見直しと改善を重ねることで初めて実効性のある計画へと成長していくものです。
本記事では、BCPを形骸化させずに運用するための具体的なポイントを、年次見直しのチェックリスト、法改正への対応方法、PDCAサイクルの実践という3つの視点から解説します。
BCPが形骸化する理由を理解する
多くの介護事業所でBCPが「作っただけ」の状態になってしまう背景には、いくつかの共通した課題があります。まず、日常業務に追われる中でBCPの見直しが後回しになってしまうこと。次に、見直しの必要性は感じていても、具体的に何をチェックすればよいのか分からないこと。そして、担当者が異動した際に引き継ぎが不十分で、BCPの運用体制が途切れてしまうことなどが挙げられます。
厚生労働省が2021年度の介護報酬改定で義務化したBCPは、単なる書類作成ではなく、実際に災害や感染症が発生した際に利用者の安全を守り、サービスを継続するための実践的なツールでなければなりません。形骸化を防ぐには、「見直しそのものを業務の一部として組み込む」という発想の転換が必要です。
年次見直しで押さえるべき重要チェックリスト
BCPの年次見直しは、計画を現実に即したものへとアップデートする重要な機会です。必ず確認すべき項目。を押さえておきましょう。
組織体制と人員配置の確認
まず最初に確認が必要なのは、緊急時の対応体制についてです。BCP作成時から職員の配置や役割分担に変更はないか、責任者や代行者が異動していないかをチェックします。特に介護現場では職員の入れ替わりが比較的多いため、緊急連絡網が最新の状態になっているか、新任職員がBCPの内容を理解しているかを確認することが重要です。
また、夜間や休日の職員配置についても見直しが必要です。人員が最も手薄になる時間帯に災害が発生した場合、誰がどのように初動対応を行うのか、応援要請の手順は明確かといった点を検証しましょう。実際の勤務シフトと照らし合わせて、現実的に機能する体制になっているかを評価することが重要です。
利用者情報の更新状況
利用者の状態は常に変化しています。要介護度の変更、新たな疾患の発症、服薬内容の変更、家族の連絡先変更など、BCPに記載されている情報が古くなっていないか確認が必要です。特に医療的ケアが必要な利用者、認知症で徘徊リスクのある利用者など、優先的に避難支援が必要な方の情報は、最新の状態を保つことが生命に直結します。
厚生労働省のひな形では利用者リストの様式が提供されていますが、これを年に一度まとめて更新するのではなく、ケアプラン更新時やモニタリング時に合わせて随時更新する仕組みを作ることで、情報の鮮度を保つことができます。
備蓄品の確認と補充計画
災害時に必要な備蓄品は、消費期限や使用期限があるものが多く含まれています。食料、飲料水、医薬品、衛生用品などの在庫量と期限を確認し、計画的な入れ替えスケジュールを立てることが求められます。
実際に東日本大震災や熊本地震の経験から、立地条件等によっては3日分の備蓄では不十分なケースがあることが分かっています。可能であれば1週間分の備蓄を目標とし、利用者の人数や特性に応じて必要量を計算し直すことが大切です。また、感染症BCPの観点からは、マスクや消毒液、個人防護具(PPE)の備蓄状況も併せて確認しましょう。
設備・機器の動作確認
非常用発電機、投光器、無線機、ポータブルトイレなど、緊急時に使用する機器が実際に動作するかを定期的に確認することは、意外と見落とされがちなポイントです。発電機は定期的に試運転を行わないと、いざという時にエンジンがかからないという事態が起こり得ます。職員が作動の仕方を理解しているかも含めて、定期的に確認していきましょう。
また、施設の立地環境も変化することがあります。近隣に新たな建物が建設されて避難経路が変わった、河川の堤防工事が行われて浸水リスクが変化したなど、周辺環境の変化がBCPに影響を与えていないかも確認が必要です。ハザードマップは自治体によって定期的に更新されているため、最新版を入手して避難計画の見直しに活用しましょう。
協力体制の再確認
地域の医療機関、近隣の介護事業所、取引業者、行政機関などとの協力体制が維持されているかを確認します。特に災害時の相互応援協定を結んでいる場合は、担当者の連絡先が変わっていないか、協定内容が双方で正しく理解されているかを定期的に確認することが重要です。
また、地域の防災訓練や連携会議に参加することで、実際に顔の見える関係を築いておくことが、緊急時の円滑な連携につながります。

法改正への柔軟な対応方法
介護保険制度は3年ごとに見直しが行われ、関連する法令や基準も随時改正されています。BCPもこれらの変化に対応して更新していく必要があります。
法改正情報の入手と理解
厚生労働省の通知やガイドラインの改定情報は、定期的にチェックするようにします。厚生労働省のウェブサイト、都道府県や市町村の介護保険担当部署からの通知、業界団体からの情報提供などを活用しましょう。
現在、BCPの策定のみではなく、BCPに関する取り組みについても評価の視点が追加されており、運営指導でも、BCPの運営状況についての確認がされているようです。つまり、単に計画を作成するだけでなく、実効性のある運用が求められる方向性が示されています。
ガイドラインの改定への対応
厚生労働省が提供するBCPひな形やガイドラインは、新たな知見や課題を踏まえて改定されることがあります。改定されたひな形が公開された際は、自事業所のBCPと照らし合わせて、新たに追加された項目や推奨される取り組みを確認し、必要に応じて自施設の計画に取り入れていくことが大切です。ただし、ひな形をそのまま使うのではなく、自事業所の実情に合わせてカスタマイズすることを忘れないようにしましょう。
地域の防災計画との整合性確保
市町村の地域防災計画や避難情報の発令基準なども、災害の経験や気象予測技術の向上に伴って見直されることがあります。例えば、避難勧告と避難指示が「避難指示」に一本化されるなど、避難情報の体系が変更された事例もあります。
自事業所のBCPにおける避難判断基準が、現在の行政の基準と整合性が取れているかを確認し、必要に応じて修正することが求められます。また、福祉避難所の指定状況や受け入れ条件なども変更される可能性があるため、定期的に行政との情報交換を行うことが重要です。

実効性を高めるPDCAサイクルの回し方
BCPを「生きた計画」として機能させるには、PDCAサイクル(Plan-Do-Check-Act)を継続的に回すことが不可欠です。
Plan(計画):現実的で実行可能な計画へ
PDCAの起点となる計画段階では、「理想論」ではなく「実際に実行できる内容」にすることが重要です。厚生労働省のひな形をベースにしながらも、自事業所の立地条件、建物の構造、職員体制、利用者の特性などを十分に考慮した計画にカスタマイズしていきましょう。
計画を立てる際は、できるだけ多くの職員の意見を取り入れることが効果的です。現場の職員は、実際の業務の中で「この手順では実行できない」「この方法の方が効率的」といった気づきを持っています。管理者や担当者だけで計画を作るのではなく、現場の声を反映させることで、実行可能性の高い計画になります。研修や訓練を活用し、現場の声を吸い上げられるように工夫しましょう。
Do(実行):訓練と教育の実施
計画を立てたら、それを実際に試す機会が必要です。BCPにおける「実行」段階では、主に訓練と教育が中心となります。
訓練は、年に最低2回(自然災害と感染症それぞれ1回以上)実施することが推奨されています。訓練の形式は、机上訓練(シミュレーション)、実働訓練(特定の手順の実践)、総合訓練(実際の避難や対応の総合的な実践)など、目的に応じて選択します。最初から完璧な訓練を目指す必要はなく、段階的にレベルアップしていく考え方が現実的です。
また、職員への教育も重要な「実行」です。新人職員研修にBCPの内容を組み込む、定期的な勉強会を開催する、e-ラーニングを活用するなど、継続的な教育の仕組みを作ることで、組織全体のBCP対応力が向上します。
Check(評価):訓練結果の分析と課題抽出
訓練を実施した後は、必ず振り返りと評価を行います。「訓練をやって終わり」では、BCPの改善につながりません。
評価のポイントは、計画通りに実行できたか、想定していた時間内に対応できたか、職員は自分の役割を理解していたか、利用者の安全は確保できたか、コミュニケーションは円滑だったかなどです。参加した職員から感想や気づきを集め、具体的な課題を洗い出します。
また、実際に災害や感染症が発生した場合は、その対応を詳細に記録し、BCPがどの程度機能したか、どのような課題があったかを検証することが極めて重要です。令和元年東日本台風や新型コロナウイルス感染症の経験から多くの介護事業所が学びを得て、BCPを改善してきた実績があります。
Act(改善):計画の修正と次のサイクルへ
評価で明らかになった課題を踏まえて、BCPを具体的に改善していきます。この段階が最も重要でありながら、多くの事業所で実行されていない部分でもあります。
改善は、大きな変更である必要はありません。「緊急連絡網の順番を変更する」「備蓄品の保管場所を見直す」「避難手順の一部を修正する」といった小さな改善の積み重ねが、BCPの実効性を高めていきます。改善した内容は必ず文書化し、全職員に周知することで、次のサイクルの「計画」段階に反映されます。
PDCAサイクルは一度回せば終わりではなく、継続的に回し続けることで、BCPが常にアップデートされ、実効性が維持されるのです。

形骸化させないための実践的なヒント
BCPを形骸化させないためには、いくつかの工夫が効果的です。
まず、「BCP担当者を複数名指名する」ことです。一人の担当者に全てを任せると、その人が異動や退職をした際にBCPの運用が途切れてしまいます。正担当と副担当を設けるなど、複数体制にすることでリスクを分散できます。
次に、「見直しのタイミングをあらかじめ決めておく」ことです。「年度初めの4月」「防災週間のある9月」など、具体的な時期を決めて年間スケジュールに組み込むことで、見直しが習慣化されます。
また、「小さな成功体験を積み重ねる」ことも重要です。最初から完璧なBCPを目指すのではなく、できることから始めて少しずつ改善していくアプローチの方が、継続しやすいものです。「今年は備蓄品の管理体制を整えた」「避難訓練の参加率が上がった」といった小さな成果を認識し、職員と共有することで、モチベーションの維持につながります。
より実践的な知識を深めるために
BCPの見直しと運用について基本的なポイントを解説してきましたが、実際の現場では個別具体的な課題に直面することも多いでしょう。「うちの施設の立地条件では、この避難計画で本当に大丈夫なのか」「感染症発生時のゾーニングを、この建物構造でどう実現すればいいのか」といった、マニュアルだけでは解決できない悩みもあるはずです。
介護BCP教育研究所の「介護BCP実践アカデミー」では、こうした現場の具体的な課題に対応できる実践的な知識とスキルを体系的に学ぶことができます。厚生労働省のひな形を自事業所に最適化する方法、効果的な訓練の設計と実施方法、職員の意識を高めるための教育プログラムの作り方など、BCPを「使えるツール」にするための具体的な手法を習得できる内容となっています。
BCPは作って終わりではなく、継続的な見直しと改善によって進化させていくものです。本記事で紹介したポイントを参考に、まずは自事業所のBCPの現状を確認することから始めてみてはいかがでしょうか。そして、より深い学びを求める際には、専門的な教育プログラムの活用も検討してみてください。利用者の安全と安心を守るため、今できることから一歩ずつ前に進んでいきましょう。


