BCP担当者の負担を減らす―属人化しない推進体制の作り方
厚生労働省のひな形を使ってBCP(業務継続計画)を作成したものの、「このままで本当に大丈夫だろうか」「担当者が変わったらどうなるのか」と不安を感じている介護施設のBCP担当者は少なくありません。実際、多くの施設では特定の担当者だけがBCPの内容を理解している「属人化」の状態に陥っており、これがBCPの形骸化を招く大きな要因となっています。
本記事では、BCP担当者の負担を軽減しながら、組織全体で業務継続計画を推進できる体制づくりについて解説します。属人化を防ぎ、持続可能なBCP運用を実現するための具体的な方法をお伝えしましょう。
なぜBCPは属人化してしまうのか
介護施設におけるBCPの属人化には、いくつかの構造的な要因があります。まず、BCP策定が義務化されたことで、多くの施設では「とりあえず作る」ことが目的となり、担当者一人に作成業務が丸投げされるケースが目立ちます。担当者は日常業務の合間を縫ってBCPを作成するため、他のスタッフに協力を求める余裕がなく、結果として一人で抱え込んでしまうのです。
さらに、BCPという専門的な領域に対して、多くのスタッフが「難しそう」「自分には関係ない」という心理的な壁を感じています。このため、担当者以外のスタッフはBCPに関心を持たず、内容を理解しようともしません。こうして担当者だけが孤軍奮闘する状況が生まれ、その担当者が異動や退職をした際には、BCPが機能不全に陥るリスクが高まります。
厚生労働省の調査によれば、介護事業所におけるBCP策定率は年々上昇しているものの、実効性のある訓練や見直しを定期的に行っている施設の割合は依然として低い水準にとどまっています。これは、BCP運用が特定の担当者に依存した体制では、継続的な取り組みが困難であることを示しているのです。

BCP委員会という組織体制の構築
属人化を防ぐ第一歩は、BCP推進を個人の仕事ではなく組織の仕事として位置づけることです。そのために有効なのが「BCP委員会」の設置になります。BCP委員会とは、施設内の複数部門から代表者を集め、業務継続計画の策定・運用・見直しを組織横断的に進める体制を指します。
委員会の構成メンバーには、施設長や管理者などの経営層、各フロアや部門のリーダー、看護職員、相談員、事務職員など、多様な職種と役職から選出することが重要です。これにより、様々な視点からBCPを検討できるだけでなく、各部門へのBCP浸透もスムーズになります。理想的な委員会の規模は5名から10名程度であり、大規模施設ではもう少し人数を増やしても構いません。
委員会の開催頻度については、最初の策定段階では月に1回程度、策定後の運用段階では四半期に1回程度が現実的でしょう。ただし、災害発生時や訓練後など、必要に応じて臨時会議を開催できる柔軟性も持たせておくべきです。会議の時間は1時間から1時間半程度を目安とし、議題を事前に明確にすることで効率的な運営が可能となります。
BCP委員会の設置により、BCPに関する知識や経験が組織内に蓄積されていきます。一人の担当者が全てを把握する必要がなくなり、複数の目でBCPを検証できるため、計画の質も向上するのです。
明確な役割分担と責任範囲の設定
BCP委員会を機能させるためには、各メンバーの役割と責任範囲を明確に定義する必要があります。曖昧な役割分担は、結局「誰かがやるだろう」という意識を生み、再び特定の人への負担集中を招いてしまいます。
委員長には、施設長または管理者が就任するのが一般的です。委員長の役割は、BCP推進の最終責任を持ち、必要な資源配分や意思決定を行うことにあります。ただし、日常的なBCP業務の実務まで委員長が担当する必要はありません。むしろ経営層としての視点から、BCPの方向性を示し、組織全体の協力体制を構築することが委員長の重要な役割となります。
実務の中心となるのは、副委員長またはBCP推進リーダーと呼ばれる役職です。この役職には、現場をよく理解し、スタッフとのコミュニケーション能力が高い中堅職員を配置することが望ましいでしょう。推進リーダーは、委員会の運営、BCP文書の管理、訓練の企画・実施、各部門との調整など、BCPに関する実務全般を統括します。
さらに、機能別のワーキンググループを設置することも効果的です。たとえば、「避難・安全確保班」「物資・備蓄管理班」「情報収集・発信班」「家族対応班」といった具合に、BCPの主要な機能ごとにグループを作り、それぞれに責任者を配置します。各班の責任者は委員会のメンバーとなり、自分の担当領域について計画の策定と実行に責任を持つわけです。
この役割分担を文書化し、「BCP推進体制図」として可視化することが重要です。誰が何を担当しているのかが一目で分かる体制図があれば、スタッフ全員がBCPの推進体制を理解しやすくなります。また、年度初めに体制図を見直し、人事異動に応じて更新することで、常に最新の体制を維持できるのです。

担当者が変わっても継続できる仕組み
BCP推進体制において最も重要なのは、担当者が交代しても業務が滞りなく継続できる仕組みを作ることです。介護現場では人事異動や離職が避けられないため、引き継ぎの仕組みが確立されていないと、BCPの取り組みが途切れてしまいます。
まず必要なのは、BCP関連の情報を一元管理することです。BCP本体の文書はもちろん、委員会の議事録、訓練記録、見直し履歴、関係機関の連絡先リストなど、BCPに関するあらゆる情報を整理して保管します。紙の文書とデジタルデータの両方で管理し、災害時にも確実にアクセスできるよう、複数の場所に保管することが推奨されます。
情報の一元管理において重要なのは、「誰が見ても理解できる」状態にしておくことです。担当者の頭の中にしかない情報や、特定のフォルダの奥深くに埋もれた資料では、引き継ぎの際に混乱を招きます。フォルダ構成を分かりやすくし、ファイル名には日付や版数を記載するなど、第三者でもすぐに必要な情報にたどり着ける工夫が必要なのです。
引き継ぎマニュアルの作成も欠かせません。新しい担当者がBCP業務を理解し、すぐに実行できるよう、年間のBCP推進スケジュール、委員会の運営方法、訓練の企画・実施手順、関係機関との連携方法などを具体的に記載したマニュアルを用意します。このマニュアルは、実際に引き継ぎを経験するたびに改善を加え、より実用的な内容にアップデートしていくことが大切です。
引き継ぎ期間の設定も重要なポイントとなります。理想的には、新旧担当者が1か月から2か月程度の重複期間を持ち、その間に実際の委員会運営や訓練を一緒に経験することが望ましいでしょう。急な人事異動でそのような期間が取れない場合でも、最低限、主要な関係者への紹介や重要書類の所在確認は必ず行うべきです。
BCP推進における定期的なサイクルの確立
持続可能なBCP推進体制を作るためには、PDCAサイクル(計画・実行・評価・改善)を定着させることが不可欠です。年間を通じた推進スケジュールを策定し、BCPの取り組みを日常業務の一部として組み込んでいきましょう。
具体的には、年度初めにBCP委員会の体制確認と年間計画の策定を行います。その後、四半期ごとに委員会を開催し、計画の進捗確認や課題の共有を実施します。年に2回程度は実践的な訓練を行い、その結果をもとにBCPの見直しを行うという流れが基本となるのです。
このサイクルを確立することで、BCP推進が「特別なプロジェクト」ではなく「通常業務の一部」として定着していきます。新しい担当者が就任しても、既存のサイクルに沿って業務を進めればよいため、引き継ぎの負担も大幅に軽減されるわけです。

スタッフ全員を巻き込む教育と訓練
BCP委員会や推進体制が整っても、それが一部のスタッフだけの活動に終わってしまっては意味がありません。施設全体でBCPを理解し、実践できる状態を作るためには、計画的な教育と訓練が必要です。
新人職員に対しては、入職時のオリエンテーションでBCPの基礎知識や施設の推進体制について説明します。全職員向けには、年に1回以上のBCP研修を実施し、計画の更新内容や訓練から得られた教訓を共有する機会を設けましょう。研修は座学だけでなく、グループワークやシミュレーション形式を取り入れることで、より実践的な理解を促すことができます。
訓練においても、単に「避難訓練をする」だけでなく、様々なシナリオを想定した多様な訓練を企画することが重要です。たとえば、夜間に地震が発生した想定での安否確認訓練、台風接近時の事前準備訓練、ライフライン停止を想定した代替手段の確認など、現実的な場面を設定することで、スタッフの危機対応能力が向上します。
外部との連携体制の構築
介護施設のBCPは、施設内部だけで完結するものではありません。災害時には、行政、医療機関、他の介護施設、福祉関連団体など、様々な外部組織との連携が必要となります。平時からこれらの組織とのネットワークを構築しておくことが、BCPの実効性を高める鍵となるのです。
地域のBCPネットワークに参加することで、他施設の取り組み事例を学んだり、災害時の相互支援協定を結んだりすることができます。また、地域の防災訓練に積極的に参加することで、地域全体の防災力向上にも貢献できるでしょう。こうした外部との連携も、BCP委員会の重要な役割の一つとして位置づけ、担当者を明確にしておくことが大切です。
経営層のコミットメントの重要性
BCP推進体制が機能するかどうかは、経営層がどれだけ本気でBCPに取り組むかにかかっています。トップが「BCPは重要だ」と口で言うだけでなく、実際に人員や予算、時間といった資源を配分する姿勢を示すことが不可欠なのです。
委員会の会議に経営層が出席し、積極的に意見を述べることや、訓練を視察して講評を行うことなど、目に見える形でBCPへのコミットメントを示すことが、スタッフのモチベーション向上につながります。また、BCP推進の成果を人事評価に反映させることも、組織全体でBCPを重視する文化を作る上で効果的でしょう。
より深い実践知を身につけるために
ここまで、属人化しないBCP推進体制の作り方について基本的な考え方と方法を解説してきました。しかし、実際に自施設で推進体制を構築し、機能させていくためには、さらに具体的なノウハウや実践事例を学ぶ必要があります。
たとえば、委員会の議事進行の具体的な方法、スタッフのモチベーションを維持する工夫、限られた人員でも実現可能な訓練プログラムの設計、BCPと他の業務との優先順位の付け方など、現場レベルで直面する課題は数多くあるのです。
介護BCP教育研究所の「介護BCP実践アカデミー」では、こうした実践的なスキルを体系的に学ぶことができます。単なる知識の習得にとどまらず、実際に自施設のBCP推進計画を策定するワークショップや、他施設の担当者との情報交換の機会も提供されており、生きたノウハウを身につけることが可能です。
BCPは一度作って終わりではなく、継続的に改善していくものです。そして、その継続性を支えるのは、属人化しない推進体制なのです。今回ご紹介した体制づくりの考え方を参考に、ぜひ自施設に合った持続可能なBCP推進の仕組みを構築してください。担当者一人の肩に重い責任を負わせるのではなく、組織全体でBCPを支える体制を作ることが、真に機能する業務継続計画への第一歩となるでしょう。


