通所介護(デイサービス)のBCP―送迎時の災害対応を含む

厚生労働省のひな形を使ってBCP(業務継続計画)を作成したものの、「これで本当に大丈夫だろうか」「実際の災害時に機能するのか」と不安を感じている通所介護事業所は少なくありません。特に送迎という独自のサービス形態を持つデイサービスでは、施設内だけでなく、移動中の災害対応という特有の課題があります。

本記事では、通所介護のBCPにおいて見落とされがちな「送迎時の災害対応」を中心に、実効性のある計画づくりのポイントを解説していきます。

送迎中という「移動空間」のリスクを理解する

通所介護の最大の特徴は、利用者を自宅から施設まで送迎するサービスです。この送迎時間は、施設でも自宅でもない「中間地点」であり、災害発生時には最も脆弱な状況になりえます。

地震が発生した場合、車両は即座に安全な場所に停車する必要があります。しかし、都市部では停車できる場所が限られており、トンネル内や橋の上で被災する可能性もあるでしょう。また、水害時には冠水した道路に進入してしまうリスクも考えられます。

厚労省のひな形では「送迎中の対応」として簡潔な記載がありますが、実際には送迎ルート上のどこで災害に遭遇するかによって、取るべき行動は大きく変わってきます。まず必要なのは、日常的に使用している送迎ルート上の危険箇所を洗い出し、「この地点で災害が起きたらどこに避難するか」を具体的に決めておくことです。

送迾中の災害対応マニュアルの実践的な作り方

送迎車両には、運転手と添乗員(または運転手のみ)という限られた人員しかいません。この状況で複数の利用者の安全を確保しながら、適切な判断を下すには、事前の準備が不可欠です。

まず、送迎ルートを細かく区分けし、各区間における「一時避難場所」を設定します。例えば、A地区を回る際には○○公園、B地区では△△小学校といった具合に、具体的な場所を地図上に落とし込んでいきます。この作業は、実際に送迎を担当している職員と一緒に行うことが重要です。彼らは日々の送迎で道路状況や地域の特性を熟知しているため、机上では見えないリスクを指摘してくれるからです。

次に、車両に搭載する災害対応キットの内容を見直しましょう。ひな形では「非常用持ち出し袋」と記載されていますが、送迎車両用には特別な配慮が必要になります。利用者の中には医療的ケアが必要な方、認知症で環境の変化に不安を感じやすい方もいらっしゃいます。そのため、予備の医薬品(主治医との連携のもと)、毛布、簡易トイレ、そして利用者を落ち着かせるための馴染みのある音楽や写真なども有効でしょう。

さらに見落とされがちなのが、通信手段の確保です。災害時には携帯電話がつながりにくくなることを想定し、複数の連絡手段を用意しておきます。業務用無線やトランシーバー、衛星電話なども検討に値します。少なくとも、送迎車両と施設、そして各利用者のご家族との連絡体制をどう確保するかを明確にしておく必要があります。

帰宅困難者への対応という新たな視点

災害が営業時間中に発生し、交通網が麻痺した場合、利用者を自宅まで送り届けられない事態が想定されます。これが「帰宅困難者」の問題です。

東日本大震災では、多くの通所介護事業所が利用者を施設内で一晩保護する対応を余儀なくされました。この経験から学ぶべきは、「施設が避難所になる」という前提でBCPを策定する必要があるということです。

まず確認すべきは、施設の備蓄です。通常、通所介護では宿泊を想定していないため、食料や飲料水の備蓄は限定的かもしれません。しかし、災害時には利用者だけでなく、職員も帰宅できない可能性があります。厚生労働省「社会福祉施設等における非常災害対策及び入所者等の安全の確保について」(平成24年3月29日通知)では、最低3日分、推奨7日分の備蓄を求めていますが、通所介護の場合、定員数に対してどの程度の備蓄が適切かを再検討する必要があるでしょう。

また、宿泊設備がない施設では、休息スペースの確保も課題となります。訓練室やリハビリスペースをどのように転用するか、プライバシーへの配慮をどうするか、といった点まで具体的に計画しておくことが求められます。

さらに重要なのは、ご家族との連絡体制です。「お迎えに行けない状況なので、施設でお預かりします」という連絡を確実に届けるための方法を、複数用意しておきましょう。緊急連絡網の整備だけでなく、SNSや自治体の災害情報システムの活用も検討に値します。

営業時間外の災害対応をどう組み立てるか

通所介護は日中のサービスであるため、夜間や早朝に災害が発生した場合、施設は無人です。しかし、だからこそ事前の計画が重要になります。

まず考えるべきは、職員の参集基準です。「震度5強以上の地震が発生した場合は、連絡を待たずに出勤する」といった明確なルールを設定しておきます。ただし、職員自身も被災者であることを忘れてはなりません。家族の安全確認が最優先であり、無理な参集を求めるべきではないでしょう。

そのうえで、段階的な事業再開の計画を立てます。建物の安全確認は誰が行うのか、ライフラインが途絶えた状態でサービス提供は可能か、利用者の安否確認はどの順序で行うか——これらを具体的に決めておくことが必要です。

特に重要なのは、利用者の安否確認です。自宅で被災した高齢者の中には、助けを求めることができない方もいらっしゃいます。ひな形では「利用者の安否確認を行う」とありますが、具体的にどのような方法で、どの順番で確認するのかまで落とし込んでおきましょう。優先順位の高い利用者(独居、医療依存度が高い、認知症など)をリスト化し、地域ごとに担当者を割り振っておくことが効果的です。

また、自治体や地域の医療・福祉ネットワークとの連携も欠かせません。地域包括支援センター、居宅介護支援事業所、訪問看護ステーションなどと平時から情報交換を行い、災害時の協力体制を構築しておくことで、個々の事業所だけでは対応しきれない事態にも備えられます。

訓練なくして実効性なし

どれほど詳細なBCPを作成しても、訓練を実施しなければ絵に描いた餅です。しかし、多くの事業所では「訓練の時間が取れない」「何を訓練すればよいかわからない」という声が聞かれます。

効果的な訓練のポイントは、「小さく始めて、継続する」ことです。いきなり大規模な訓練を行う必要はありません。まずは送迎担当職員を集めて、「○○地点で地震が発生したらどうするか」をシミュレーションするだけでも十分な学びがあります。

また、訓練の後には必ず振り返りを行い、BCPの見直しにつなげます。「この避難場所は実際には使えないことがわかった」「この連絡手段では時間がかかりすぎる」といった気づきがあれば、それを計画に反映させていきましょう。BCPは作って終わりではなく、継続的に改善していくものなのです。

地域との連携が生存率を高める

通所介護の利用者は地域に暮らしています。そのため、災害時の対応も地域との連携なしには成り立ちません。

地域の自主防災組織や町内会との関係構築、地域の防災訓練への参加、近隣の医療機関や福祉施設との相互支援協定の締結——こうした取り組みが、いざというときの命綱になります。

また、事業所の持つ資源(スペース、車両、専門知識)を地域に提供する視点も重要です。通所介護事業所が地域の福祉避難所として機能することで、地域全体の防災力が高まるとともに、事業所自身も地域からの支援を受けやすくなるという相互関係が生まれるのです。

BCPを「生きた計画」にするために

厚労省のひな形は、あくまでも出発点にすぎません。それぞれの事業所が置かれた環境、提供しているサービスの特性、利用者の状況に応じて、BCPをカスタマイズしていく必要があります。

送迎という移動サービスを提供する通所介護では、施設内の対応だけでなく、移動中のリスク、帰宅困難者への対応、営業時間外の災害対応という、入所施設とは異なる課題があります。これらの課題に対して、具体的で実行可能な計画を立て、定期的に訓練し、見直しを重ねていくことで、初めて「使えるBCP」が完成します。

災害はいつ起こるかわかりません。しかし、準備をしておくことで、被害を最小限に抑え、一人でも多くの利用者と職員の命を守ることができるのです。そのためには、BCPを形式的な文書として保管するのではなく、日々の業務の中に組み込み、組織全体で共有し、常にアップデートしていく姿勢が求められます。

より実践的なBCP策定の手法や、他事業所の具体的な取り組み事例を学びたい方は、介護BCP教育研究所の「介護BCP実践アカデミー」で体系的に学ぶことができます。机上の理論だけでなく、実際の災害対応経験に基づいた実践的なノウハウを習得することで、あなたの事業所のBCPを「本当に使える計画」へと進化させることができるでしょう。