介護施設・事業所の備蓄管理の実務―何を、どれだけ、どう管理するか

厚生労働省のひな形を使ってBCP(業務継続計画)を作成したものの、「備蓄品の項目は埋めたけれど、これで本当に大丈夫なのか」「実際にどう管理すればいいのかわからない」――そんな悩みを抱えている介護施設・事業所のBCP担当者の方は少なくありません。

BCPにおける備蓄管理は、災害時に利用者の命を守り、事業を継続するための生命線です。しかし、ただリストを作って倉庫に保管しておけば良いというわけではありません。「何を、どれだけ、どのように管理するか」という実務レベルの取り組みが、有事の際の対応力を大きく左右します。

本記事では、介護施設における備蓄管理の実務について、初めてBCPに取り組む担当者にもわかりやすく解説します。

なぜ3日分なのか―備蓄の基本的な考え方

災害時の備蓄として「3日分」という数字がよく使われますが、これには明確な根拠があります。大規模災害発生時、外部からの支援物資が届き始めるまでには72時間程度かかるとされています。この間、施設は完全に自力で利用者と職員を守らなければなりません。

厚生労働省の「介護施設・事業所における自然災害発生時の業務継続ガイドライン」でも、最低3日分、可能であれば1週間分の備蓄が推奨されています。特に介護施設の場合、一般家庭と異なり、自力での避難が困難な利用者を多数抱えているため、より確実な備蓄体制が求められるのです。

ただし、「3日分」はあくまで最低限の目安です。施設の立地条件(孤立しやすい地域か)、利用者の状態(医療依存度が高いか)、職員の参集可能性などを考慮して、自施設に必要な備蓄量を判断する必要があります。

何を備蓄するか―優先順位を考える

備蓄品は大きく分けて、「食料・飲料水」「生活用品」「衛生用品」「医療・介護用品」「設備関連」の5つのカテゴリーに分類できます。限られた予算と保管スペースの中で効果的に備蓄するには、優先順位を明確にすることが重要です。

最優先:生命維持に直結するもの

まず確保すべきは、飲料水と食料です。一般的に、1人1日あたり3リットルの水が必要とされています。これは飲用だけでなく、簡単な調理や口腔ケアにも使用する量を含みます。100人規模の施設であれば、3日分で900リットル、つまり2リットルペットボトル450本が必要になる計算です。

食料については、常温保存が可能で、調理不要または最小限の調理で食べられるものを選びます。アルファ米、レトルト食品、缶詰などが基本ですが、介護施設では咀嚼・嚥下機能に配慮した食品も必要です。とろみ付き飲料、ゼリー食、ムース食など、利用者の嚥下レベルに応じた備蓄を忘れてはいけません。

次に重要:衛生環境の維持

災害時、特に断水時に問題となるのが衛生管理です。介護施設では感染症のリスクが高いため、衛生用品の備蓄は極めて重要です。

排泄ケア用品(おむつ、パッド、尿取りパッド)は、日常使用量の1.5倍程度を目安に備蓄します。災害時はストレスや環境変化で排泄パターンが変わることがあるためです。また、携帯トイレや簡易トイレも、断水を想定して十分な量を確保しておきましょう。

手指消毒剤、マスク、使い捨て手袋などの感染対策用品も欠かせません。新型コロナウイルス感染症の経験から、これらの重要性は改めて認識されたはずです。消毒用アルコールは引火性があるため、保管場所や量に注意が必要です。

医療・介護の継続性確保

慢性疾患を持つ利用者が多い介護施設では、医薬品の備蓄も重要な課題です。ただし、処方薬は基本的に個人管理となるため、施設としては一般的な常備薬(解熱鎮痛剤、胃腸薬、外用薬など)を中心に備蓄します。

吸引器、酸素濃縮器などの医療機器を使用している利用者がいる場合、停電時の代替電源(発電機、バッテリー)の確保が不可欠です。実際に東日本大震災では、停電により在宅酸素療法が継続できず、命の危険にさらされたケースが報告されています。

介護用品では、車椅子の修理部品、ベッド柵の予備、杖やシルバーカーの予備なども考慮に入れるべきです。これらは普段から使用しているものが破損した場合に必要となります。

情報通信と照明の確保

災害時の情報収集と発信のため、携帯ラジオ、予備バッテリー、衛星電話などの通信機器も重要です。また、停電に備えた懐中電灯、ランタン、乾電池の備蓄も忘れてはいけません。

特に夜間の災害発生を想定すると、照明の確保は利用者の安全確保と職員の作業効率に直結します。充電式のLEDランタンは、繰り返し使用できて経済的です。

どれだけ備蓄するか―具体的な算出方法

備蓄量の算出は、「利用者数+参集可能職員数」を基準に行います。ここで重要なのは、災害時に実際に施設に来られる職員数を現実的に見積もることです。

例えば、定員50名の特別養護老人ホームで、災害時に参集できる職員が10名と想定した場合、対象人数は60名となります。この60名分の3日分を最低限の備蓄量とします。

食料・飲料水の計算例

  • 飲料水:60名×3リットル×3日分=540リットル(2Lペットボトル270本)
  • 主食:60名×3食×3日分=540食分
  • 副食・おかず:同様に540食分

ただし、これはあくまで基本的な計算です。実際には次のような調整が必要です。

利用者の中には食事形態が異なる方がいます。常食、軟食、ミキサー食、経管栄養など、それぞれの形態別に必要量を算出します。例えば、50名のうち10名がミキサー食の場合、ミキサー食用の備蓄を10名×3食×3日分=90食分確保します。

また、職員用と利用者用を明確に分けることも重要です。災害対応で疲弊する職員が十分なエネルギーを摂取できなければ、支援の質が低下します。職員用には、手軽にエネルギー補給できるカロリーメイトやエネルギーバーなども加えると良いでしょう。

衛生用品・介護用品の計算

おむつやパッドは、1人1日あたりの平均使用枚数を基準に計算します。例えば、1日6枚使用する方が30名いる場合、30名×6枚×3日分×1.5倍(余裕率)=810枚となります。

消毒液や石鹸類は、日常使用量の1週間分程度を目安にすると良いでしょう。使用期限が比較的長いため、多めに備蓄しても問題ありません。

どこに保管するか―アクセス性と安全性のバランス

備蓄品の保管場所選定は、多くの施設が悩むポイントです。「すぐに取り出せる場所」と「災害時にも安全な場所」という、一見相反する条件を満たす必要があるからです。

分散保管の原則

すべての備蓄品を一箇所に集中させることは避けるべきです。その場所が被災して使えなくなった場合、すべての備蓄が無駄になってしまいます。

理想的なのは、主要保管場所と副次的保管場所の2箇所以上に分散させることです。例えば、食料・飲料水の半分は1階の倉庫に、残り半分は2階の空き部屋に保管するといった方法です。ただし、分散しすぎると管理が煩雑になるため、2〜3箇所程度が現実的です。

保管場所の条件

備蓄品保管場所に求められる条件は次のとおりです。

まず、構造的に安全であること。古い建物の場合、耐震性に不安がある部屋は避けます。また、水害リスクがある地域では、浸水想定区域よりも高い場所に保管することが重要です。実際に、2019年の台風19号では、1階に保管していた備蓄品が浸水被害を受けた介護施設が複数ありました。

次に、適切な温度・湿度が保たれること。食料品や医薬品は高温多湿を避ける必要があります。直射日光が当たる場所や、暖房設備の近くは避けましょう。

そして、職員がすぐにアクセスできること。鍵がかかった倉庫の場合、鍵の保管場所と開錠権限者を明確にしておきます。夜間や休日の災害発生時にも対応できるよう、複数の職員が開錠できる体制が望ましいです。

保管方法の工夫

保管の際は、「先入れ先出し」がしやすいように整理します。賞味期限が近いものを手前に、新しいものを奥に配置する習慣をつけましょう。

また、カテゴリー別、用途別に明確にラベリングすることも重要です。「飲料水」「主食」「副食」「衛生用品」など、大きく色分けしたラベルを貼っておけば、災害時の混乱した状況でも必要なものをすぐに見つけられます。

重い物は下段に、軽い物や頻繁に使う物は上段に配置するという基本原則も忘れずに。ペットボトルの水は非常に重いため、下段に保管し、必要に応じて台車などで運搬できるようにしておきます。

賞味期限管理とローリングストック―「使える備蓄」を維持する

備蓄品を購入して保管しただけでは、BCP対策として不十分です。いざという時に「賞味期限が切れていて使えなかった」では意味がありません。継続的な管理こそが、備蓄を「生きた資源」として維持する鍵なのです。

賞味期限管理の実務

まず、すべての備蓄品の賞味期限(または使用期限)を一覧表で管理します。Excelなどの表計算ソフトを使い、品目、保管場所、数量、購入日、賞味期限、次回点検日を記録します。

点検は最低でも年2回、できれば四半期に1回行うことが望ましいです。防災の日(9月1日)や施設の創立記念日など、覚えやすい日に設定すると忘れにくくなります。

賞味期限の3〜6ヶ月前になったら、更新の準備を始めます。食料品の場合、期限が近づいたものは職員の研修や訓練時に実際に使用してみることをお勧めします。「アルファ米の作り方がわからなかった」「思ったより時間がかかった」といった気づきは、実際に使ってみないと得られません。

ローリングストックの導入

ローリングストックとは、日常的に使用する食料品や消耗品を少し多めに購入し、古いものから順に使用しながら、使った分を補充していく方法です。この方法なら、常に新鮮な備蓄を維持できます。

介護施設でローリングストックを導入する場合、日常的に提供している食事のメニューと備蓄品を一部共通化する方法が効果的です。例えば、レトルトのおかゆやゼリー食を日常の食事でも使用する品目として選定し、定期的に回転させます。

ただし、すべての備蓄品をローリングストックにする必要はありません。長期保存が可能な缶詰やアルファ米などは、従来どおりの備蓄方法でも問題ありません。施設の運営状況や職員の負担を考慮して、無理のない範囲で導入しましょう。

管理責任者の明確化

備蓄管理は、特定の担当者に責任を持たせることが重要です。「誰かがやるだろう」という意識では、結局誰もやらないことになりかねません。

BCP担当者が備蓄管理責任者を兼ねることが多いですが、日常業務が多忙な場合は、副担当者を配置することも検討しましょう。また、年1回は施設長や管理者も交えた備蓄品の現物確認を行うことで、組織全体での意識づけができます。

実践から学ぶ―訓練での検証が重要

どんなに完璧な備蓄計画を立てても、実際に使ってみなければ本当に機能するかわかりません。BCPの訓練において、備蓄品を実際に使用する場面を組み込むことが重要です。

例えば、停電を想定した訓練では、カセットコンロでお湯を沸かしてアルファ米を作ってみる。断水を想定した訓練では、携帯トイレを実際に組み立ててみる。こうした実践的な訓練から、「お湯を沸かすのに思ったより時間がかかった。カセットコンロの本数を増やす必要がある」「携帯トイレの組み立て方がわかりにくい。写真付きマニュアルを作ろう」といった改善点が見えてきます。

訓練後は必ず振り返りを行い、備蓄品の過不足や使い勝手の問題点を洗い出します。そして、それをBCPの見直しと備蓄計画の更新につなげていくのです。

まとめ―備蓄管理はBCPの基盤

備蓄管理は、一見地味で事務的な作業に思えるかもしれません。しかし、災害時に利用者の命を守り、職員が安心して業務を継続できるかどうかは、この備蓄管理の質にかかっていると言っても過言ではありません。

「何を、どれだけ、どう管理するか」という問いに対する答えは、施設ごとに異なります。立地条件、利用者の状態、職員体制、予算、保管スペースなど、それぞれの条件に応じて最適な備蓄計画を作り上げていく必要があります。

厚生労働省のひな形は、あくまで出発点です。そこから一歩踏み込んで、自施設の実情に合わせた実践的な備蓄管理体制を構築すること。そして、定期的な見直しと改善を続けること。それこそが、真に機能するBCPを実現する道なのです。

介護BCP教育研究所の「実践アカデミー」では、こうした備蓄管理の具体的な手法から、訓練の設計、他施設との連携まで、実務に即したノウハウを学ぶことができます。BCPを「作っただけ」で終わらせず、「使えるBCP」へと進化させたいと考えている方は、ぜひ実践アカデミーでさらに深く学んでみてください。