小規模事業所のためのBCP策定ガイド―10名以下でも実現できる効果的な計画
介護BCP教育研究所の田中です。厚生労働省のひな形を使ってBCP(業務継続計画)を作成してみたものの、「このままで本当に機能するのだろうか」「実際の災害時に役立つのだろうか」と不安を感じていらっしゃる担当者の方は少なくありません。特に職員数10名以下の小規模事業所では、「大きな施設向けの計画をそのまま当てはめても現実的ではない」という声をよく耳にします。
今回は、小規模事業所だからこそできる、実効性の高いBCP策定のポイントについて、具体的にお話しします。厚労省のひな形を作成済みの方が、次のステップに進むための実践的なガイドとしてお役立てください。
小規模事業所のBCPが機能しない理由
まず、なぜ作成したBCPが「使えない」と感じてしまうのか、その理由を理解することが重要です。多くの小規模事業所では、大規模施設向けのBCPの枠組みをそのまま縮小しようとして、かえって実効性を失っています。
大規模施設では、総務部門、介護部門、看護部門といった明確な部署分けがあり、災害対策本部を設置して各部門長が集まって対応を協議する体制が取れます。しかし10名以下の事業所では、管理者が介護業務も兼務し、看護師は非常勤で週に数日しか来ない、といった状況が一般的です。このような実態を無視して「対策本部長」「情報収集班」「連絡調整班」といった役割を機械的に割り振っても、実際の災害時には機能しません。
また、備蓄についても同様です。「3日分の食料と水を備蓄する」という目標は正しいのですが、10名の事業所が利用者30名分の3日分を備蓄しようとすると、保管場所の確保だけで大きな課題になります。賞味期限の管理や入れ替え作業も、日常業務に追われる少人数のスタッフには大きな負担となります。
つまり、小規模事業所には小規模事業所なりの、現実的で実行可能なBCPの作り方があるのです。
少人数ならではの役割分担―柔軟性と多機能性を活かす
小規模事業所の最大の強みは、スタッフ同士の距離が近く、お互いの能力や状況を把握しやすい点にあります。この強みを活かした役割分担を考えてみましょう。
大規模施設のように「この人はこの役割だけ」という固定的な分担ではなく、「この人はこれが得意だが、いない時は次にこの人が対応する」という流動的な体制が小規模事業所には適しています。
例えば、厚労省のひな形には「情報収集・連絡調整班」といった班編成の欄がありますが、これを小規模事業所向けに再構築すると、「主担当:〇〇さん(管理者)、副担当:△△さん(サービス提供責任者)、代行者:□□さん(勤続年数の長い介護職員)」といった形で、優先順位をつけた複数人の指名にするのが現実的です。
ここで重要なのは、「誰がいなくても回る仕組み」を作ることです。災害時には管理者自身が被災して出勤できない可能性もあります。「管理者がいないと何も決められない」という状態は、BCPとしては失格です。
具体的な実践方法として、普段から「今日、管理者がいなかったら誰が判断するか」を意識した業務運営を心がけることをお勧めします。例えば、月に一度は管理者が不在の日を設定し、その日の判断を次席者に任せてみる。そして事後に「あの判断で良かったか」を振り返る。この積み重ねが、災害時の対応力を確実に高めます。
また、職員一人ひとりの「隠れたスキル」を把握しておくことも重要です。「〇〇さんは以前、建設業で働いていたので、建物の安全確認の知識がある」「△△さんは消防団に所属しているので、応急手当に詳しい」といった情報をBCPに記載しておくと、いざという時に大きな力になります。
スタッフミーティングで「災害時に自分が貢献できそうなこと」を話し合う時間を設けてみてください。意外なスキルや経験が明らかになり、より実効性の高い役割分担ができるはずです。
近隣事業所との相互応援協定―小規模だからこそ連携が命綱
小規模事業所のBCPにおいて、最も重要でありながら最も見落とされがちなのが、他事業所との連携です。10名以下の事業所では、大規模災害時に自事業所だけで利用者の安全を守り続けることは、率直に言って不可能に近いのです。
だからこそ、平時から近隣の介護事業所との相互応援協定を結んでおくことが、小規模事業所のBCPにおける最優先課題となります。
相互応援協定と聞くと難しく感じるかもしれませんが、要は「困った時はお互い様」の精神を、具体的な形にしておくということです。同じ市区町村内で、車で15分〜30分程度の距離にある事業所が理想的なパートナーとなります。あまりに近すぎると同じ災害の影響を受けてしまい、遠すぎると実際の支援が困難になるからです。
協定の内容としては、まず基本的な項目から始めましょう。「職員の相互派遣」では、一方の事業所が被災して職員が不足した場合に、他方から職員を派遣する仕組みを作ります。この際、「派遣された職員の勤務時間はどちらの事業所の勤務として扱うか」「報酬の負担はどうするか」といった実務的な取り決めも必要です。曖昧なままでは、いざという時に「派遣したいが、うちも人手不足で」という事態になりかねません。
「物資の相互融通」も重要な項目です。備蓄品は各事業所で準備しますが、災害の種類や規模によって不足するものは異なります。水害で1階が浸水した事業所は食料や水が使えなくなる一方、高台の事業所は被害が少ないかもしれません。このような時に、お互いの備蓄を融通し合える関係があると、限られた資源を有効活用できます。
さらに踏み込んだ連携として、「利用者の一時避難受け入れ」があります。建物が損壊して使用不能になった場合、利用者を一時的に受け入れてもらえる協定があれば、利用者の安全を確保しながら、自事業所の復旧作業を進めることができます。
協定を結ぶ際の実践的なアドバイスとして、まずは同じ法人内の他事業所や、日頃から交流のある事業所から声をかけることをお勧めします。全く面識のない事業所にいきなり協定を持ちかけるより、「あそこの管理者さんなら協力してくれそう」という関係性から始める方がスムーズです。
また、協定を結んだら、年に1回は合同で訓練や情報交換会を実施しましょう。お互いの事業所の構造や利用者の特性、職員の顔を知っておくことが、実際の支援をスムーズにします。「あの事業所は2階建てで階段が急だから、車椅子の利用者の避難は難しいな」といった具体的な情報が共有できていれば、いざという時の判断が早くなります。
相互応援協定は、行政や地域包括支援センターに仲介を依頼するのも一つの方法です。多くの自治体では、事業所間の連携を促進する取り組みを行っており、マッチングの支援をしてくれる場合があります。

厚労省ひな形を「使える計画」に進化させる実践アプローチ
ここまで小規模事業所の特性を踏まえた考え方をお伝えしてきましたが、では具体的に、作成済みのBCPをどう改善すればよいのでしょうか。実践的な3つのアプローチをご紹介します。
現場の声でギャップを見つける―実際の災害を想定した検証
作成したBCPを机の上に広げて、職員全員で「今、大地震が起きたらどう動くか」を具体的に話し合ってみてください。この時、「BCPに書いてあることができるか」ではなく、「実際にどう行動するか」を正直に語り合うことが重要です。
例えば「利用者の安全確認は〇〇さんが行う」と書いてあっても、その時間帯に〇〇さんが訪問中で事業所にいなかったらどうするのか。「備蓄倉庫から水と食料を取り出す」と書いてあっても、その倉庫への鍵は誰が持っているのか、地震で扉が歪んで開かなくなったらどうするのか。こうした「現実的な問題」が見えてきます。
このシミュレーションで見つかった「できないこと」「曖昧なこと」をリストアップし、一つずつ解決策を考えて、BCPに反映させていきます。
優先順位を明確にする―災害直後に必要な行動の絞り込み
小規模事業所のBCPは、分厚い資料である必要はありません。むしろ「災害直後の30分で絶対にやるべきこと」「最初の3時間で確認すべきこと」といった、優先順位の高い行動を明確にすることが重要です。
厚労省のひな形は包括的である反面、情報量が多く、災害時に全てを確認するのは困難です。そこで、ひな形とは別に、A4用紙1枚程度の「初動対応チェックリスト」を作成することをお勧めします。これには「利用者の安否確認」「建物の安全確認」「職員への連絡」「ライフラインの確認」など、最優先事項のみを記載します。
この1枚を防災袋に入れておき、さらに事務所の壁に掲示しておく。これだけでも、災害時の初動は格段にスムーズになります。
日常に組み込む―継続可能な訓練の工夫
BCPは作って終わりではなく、訓練によって「使える計画」に育てていくものです。しかし小規模事業所では、大がかりな訓練のための時間と人員を確保するのは困難です。
そこで「5分間訓練」をお勧めします。朝礼や申し送りの時間を使って、「今、地震が起きたら、まず誰が何をする?」と問いかけ、全員で確認する。これだけでも、継続すれば確実に対応力が向上します。
また、職員一人ひとりに「今日は災害時の〇〇係」という役割を日替わりで割り当て、その日はその役割を意識して勤務してもらう方法も効果的です。例えば「今日は情報収集係だから、ニュースで災害情報があったら管理者に報告する」といった具合です。
小規模事業所の強みを最大限に活かす
最後に、小規模事業所の皆様にお伝えしたいことがあります。職員数が少ないことは、BCPにおいて決して不利な条件ではありません。むしろ、意思決定が速く、全員の顔が見える小規模事業所だからこそ、柔軟で実効性の高いBCPを作ることができるのです。
大切なのは、大規模施設のBCPを小さくするのではなく、小規模事業所の特性に合わせたBCPをゼロベースで考えることです。「うちは小さいから」と諦めるのではなく、「小さいからこそできること」に目を向けてください。
近隣事業所との協定、職員一人ひとりの多様なスキルの活用、迅速な意思決定―これらは小規模事業所の大きな強みです。そして、利用者と職員の距離が近く、一人ひとりの状況を深く理解している点も、災害時の適切な対応につながります。
厚労省のひな形で作ったBCPは、あくまでもスタート地点です。そこから、皆様の事業所の実情に合わせて、使える計画に育てていってください。完璧なBCPは存在しません。大切なのは、少しずつでも改善を続け、職員全員がBCPを「自分たちのもの」として意識することです。
介護BCP教育研究所では、小規模事業所の皆様の実情に合わせたBCP策定支援を行っています。「うちのBCP、これで大丈夫だろうか」という不安があれば、ぜひ介護BCP教育研究所の「実践アカデミー」にご入会ください。一緒に、実効性のあるBCPを作り上げていきましょう。


